ひと月が過ぎました。’07.2.16

家内が亡くなりひと月が過ぎました。
この間にお悔やみのお便り、お花、また私への励ましのメールなど、今でも途切れることなく頂戴しています。
皆様のあたたかなお気持ちに触れ、どれだけ心強く、そして元気を頂戴したことか。
感謝を申し上げます。

「美智子のこれまで」と題した紹介文はお通夜の前の晩に一気に書いたものです。
が、あいまいな部分が随所にあるので何度か手直そうと思いながら時間だけが過ぎていきました。

最近、自然と独り言もふえました。
カードなどの消滅手続き、彼女宛の郵便物の返信に「亡くなった」ことを伝えなければならない辛さが、
日が経って減るどころか、ますます増えていく寂しさを感じています。

ひとつひとつ、彼女の生きた「ぬくもり」が消えていきます。


しかし毎日忙しさの中で生活しております。
プラハ公演の練習で今週は鹿児島にも行き、昨日帰ってきました。
鹿児島では田丸寛先生と夜な夜な酒宴をしてきました。
今日は東京組の練習でした。
皆さんの熱心さに張り切って指揮をしてきました。
明日から3月のコンサートの客演のリハーサルのために福井/若狭・高浜町に参ります。
帰りに宇治の藤倉良栄庵主さまにもお会いしてきます。
「美智子さんの遺品を持って来なさい。供養しますから・・」とのお言葉をいただきましたので。

作曲の〆切りも迫ってきました。
確定申告もしなければなりません。
毎年、彼女が一人でやっていたものです。

今月10日には21歳を目前とした(3月2日誕生日)愛猫「リボン」が亡くなりました。

                      

家を空ける日が多い中、また掃除など苦手なものですから今お手伝いさんに来ていただいています。
それも彼女が生前自分で探して段取りをしていたものです。
「リボン」が私が家に居る時に亡くなって、正直言って少し安心をしています。
きっと彼女に抱かれていつものように甘えていることでしょう。

この間ふと思い出したことがあります。
二人で知らない場所を歩く時など、私はどちらかというとよく「あっちの方向」と適当に見当をつけて一人先に歩くのが常です。
うまくいけば良いのですが、そうでない時など彼女は散々歩かされることになります。
ある時、ホトホト歩き疲れた彼女が《皮肉をこめて》私にこう言ったことがあります。
「んもー。ちゃんと考えてから歩いてよ。いつも私が後からついて来るなんて思わないでね」と。
・・・・私たちの生き方はそんな風だったかもしれません。

うしろを振り返ると今はそこに彼女は居ません。


一時期、10kg近く減った体重も今は幾分戻り、食事も家に居る時はきちんと作って食べ、時折歩き、
体調の維持にはよくよく注意をし生活しております。
幸いなことに目の前には4月のプラハ公演があり、多くの方々と楽しく練習を重ねています。

ご心配のお便りなど頂戴しながら、ほとんどご返事は失礼しております。
メールやお便りをいただいた方々へこの場を借りお礼を申し上げます。

作曲の〆切りだけでなく、新刊の準備なども抱えております。

多くの皆様のあたたかなお心にただただ感謝の気持ちです。

御礼と近況お知らせまで。

’07 2.16 


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