鈴木憲夫・作

この作品は「合唱と朗読とピアノのため」の作品として発表されました。
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        《朗読》


 鬼の子小六は毎日毎日、山の上から人間の村を見下ろしては人間と仲良くなれたらなあ、とそればかりを思って暮らしていました。


そして、ある日小六は思いきって人間の村へおりて行ってみることにしました。




 村人たちは小六を見ると、驚いてみな一斉に家の扉を閉めてブルブルと震えながらどうなるものかと様子をうかがっていました。子供の鬼といってもツノは生えていますし、体も大きいし、それに人を喰うという恐ろしい鬼です。村人たちが怖がるのも無理はありませんでした。
 小六はそれから毎日のように村にやってきては、自分が悪い鬼ではないことを知ってもらうために、道に転がっている大きな石をどけたり、牛や馬に食べ物をやったり、時には逃げ遅れた子供をおんぶして、その子の家の前まで連れて行ってやったこともありました。

 こんな事がしばらく続いて、村人たちもしだいに安心して小六に近づくようになりました。
 小六は村人のためにどんな仕事でもやりました。重い荷物を運んだり、山へ木を切りに行ったり、村人たちと一緒に毎日楽しく暮らすようになりました。
 しばらくすると、小六は村のはずれに小屋を建てて住むようになりました。小六の小屋は、いつも村人や子供たちが遊びに来て賑やかでした。
 小六は嬉しかった。いつも人間と一緒で、もうひとりぼっちの寂しい小六ではありませんでした。

 一年が過ぎ二年が過ぎ、あっという間に五年の月日が流れました。
 鬼の子小六はもう大人の鬼になっていました。体もひとまわりもふたまわりも大きくなって、頭の上ににょきっと生えたツノもますます立派になり、そして二本のキバも生えてきました。その頃からです。小六が人間を喰いたいと思うようになってきたのは・・・・。
 日が増す毎に、人間が喰いたくなってもう我慢ができなくなってしまうほどでした。しかし小六には、せっかく友達になった人間を喰うことなどできるはずはありませんでした。
 小六はしだいに乱暴になっていきました。あれほど小六と仲のよかった村人たちも、小六を怖がってだれも近づこうとさえしなくなりました。
 小六は悲しくて、生まれて初めてポロリ、ポロリと涙を流しました。
小六は悲しかった。
鬼であることが悲しかった。


                      

 村に、おえいという十歳になる心のやさしい女の子がいました。生まれてまだ間もなく、両親と一緒にがけから落ちておえいだけが助かったのでしたが、その時の事故がもとで目が見えなくなってしまいました。村人たちはかわるがわるおえいの世話をして育ててきました。
 小六とおえいは大の仲良しでした。小六はよくおえいを肩車して、小六の見たことをいろいろ話して聞かせたりしました。
  たとえば、道端に咲いているお花のこと・・・・。


  田んぼの案山子のこと・・・・・

  「こわい顔」・・・

  「もちろん案山子さ」・・・・

  それから山から飛んでくる鳥たちのこと・・・・


 おえいは小六が好きでした。小六もおえいのことをとても可愛がっていたので、いつの間にか、小六の小屋で一緒に暮らすようになりました。
ある夜のこと、小六はおえいに聞きました。


小六はまたこうも言いました。










 その夜は、小六は膝小僧をかかえたまま、おえいの言葉を思いだしながら眠ることはできませんでした。そしてもうすぐ夜が明けようという頃、小六はポツンとひとりごとを言いました。
「ヒトを喰って生きるか」

「喰わずに死ぬか」

 まるで呪文のように何度も繰り返し独り言を言いました。もし、人を喰わずに死んでしまうのなら、それでもかまわないと思いました。恰度その頃から、強い雨と風が吹き始めました。
 その年は、何度も大きな台風がきては大雨を降らせ、村にたくさんの水が押し寄せては村人を苦しめました。小六と村人たちは川が溢れないように必死になって川の土手を固めました。しかし、まるで津波のような大水が土手をやぶって村を襲いました。小六はおえいのいる小屋へと急ぎました。
 水をかきわけながら、小六がやっとのことで小屋の前までたどりついた時、「小六、小六」と小六を呼ぶおえいの声が聞えてきました。小六が助けようとしたその時、小屋はおえいともども、水の中に消えていってしまいました。




 楽しかったおえいや村人たちとの生活は、雨や風とともに、どこか遠くへ行ってしまったかのように小六は思いました。それから間もなくして小六は何年も住み慣れた村を後にして、山へと帰って行きました。


                      
 山へ帰った小六は、村の川のずーっと先の上流に行き、川の水が二度と溢れないように、石垣を築いていきました。毎日毎日、山から石を肩にかついで運び、体中傷だらけになりながらも、ひとつひとつ石を積んでいきました。
 真夏の太陽がさんさんと頭を焼き、冬の雪の降る日は、足が氷のようになっても、小六はただただ、目の前に石を築くことしか考えませんでした。そうして何年もの年月がまたたくまに過ぎていきました。小六はなぜ自分がこのように石を築いているのか、自分でも分からなくなっていました。
 今年も、もうすぐ台風が来るという、ある夏の終りに、石垣は完成しました。これで村人が大水で困るようなことは二度とありませんでした。

 小六がその最後の石を積み終えた時、小六は小高い山のようなてっぺんからまっさかさまに転がり落ちました。そしてどのくらい気を失っていたのか、気がつくと、目の前一杯に青空がひろがっていました。青くどこまでも果てしなく続く空のまんなかに、ひとつポツンと小さな雲がありました。その雲はおえいの顔のようにも見えました。
「生きてるものって、みんな何のために生まれてきたのか、ほんとは知っているんだって・・・・」
 そんなおえいの言葉が聞えてくるようでした。
 涙が次から次へと頬を伝わって落ち、空も雲も、あの石垣さえも、ユラユラとまるでかげろうのように小六の目の前でゆれていました。
 石垣からころげ落ちた時、あの立派なツノとそして二本のキバがポロリと折れてしまっていることに、小六はまだ気づいてはいませんでした。


 委嘱・初演
麦笛少年少女合唱団
1994年5月3日/埼玉会館大ホール
「創立20周年コンサート」
指揮:鈴木憲夫/ピアノ:鹿熊由紀子
朗読:庄司光子

録音:「新・合唱講座・ジュニア版」
(プロデユース/全日本合唱普及会・岩田一夫)
1997年9月14日ポリグラム・スタジオ
演奏:すみだ少年少女合唱団
指揮:甲田潤/ピアノ:荒井滋美/朗読:三宅喜代美

 
楽譜はカワイ出版より刊行されています。ここでの視聴はあくまでホームページ上でのことですので、転用、無断使用は固くお断りいたします。

        《合唱》

小六 小六 鬼の子小六は やさしい鬼



鬼の子小六は 山の上でひとりぼっちで
寂しかった


鬼 鬼 鬼 鬼
鬼だ! 鬼だ!
鬼がきたぞ
鬼 鬼 鬼 鬼










小六 小六 鬼の子小六は やさしい鬼

















鬼 鬼 鬼 鬼









小六は悲しかった。
鬼であることが悲しかった。



第二部:音楽=






「白いお花や 赤い花 小さな花びら風にゆれ 
ユーラゆらり」

「一本足の案山子 案山子ってどんな顔?」

「小六とどっちがこわい?」

「フウーン」

「鳥さん鳥さん 明日の天気はなあーに?」





「おえい、オレがこわくないか?」
「うーん、小六はどんな人間よりもやさしい」

「オレはオニだから、おえいを喰ってしまうかもしれない」
「いつか小六が話してくれた」
「自然の全てのもの。花や木や、たとえどんな小さな生き物だって、生きてるもの、みな、何のために生まれてきたのか、知っているんだって。知らないのは人間だけなんだって」
「もし小六が人を喰うために生まれてきて、ワタシが小六に喰われるために生まれてきたのなら、小六に喰われたっていい」
「・・・・・・・」





「ヒトを喰って生きるか」

「喰わずに死ぬか」


ビュウ ビュウ 雨がふる 風がふく




「おえい おえい」




「おえい おえい」
小六のなげきは 風にのり 山々に響いた
小六の涙は雨とともに 土にしみた

第三部音楽=