HP通信NO.434/2016.11.20

                 【ウィーン編 (10月28日〜31日)】
        
 28日朝早く、ブダペストを発った私たちの乗ったバスは国境を越えてオーストリアに入りました。
国境を越えると色彩が変わってきます。国境を越えて間もなくウィーンの街へと入りました。
 私は4度目のウィーンです。
街並が美しく、懐かしいと言えば気障ですが、何度来ても心が踊る気分にさせてくれます。
            街の中を走る馬車。
 午後、ウィーン市庁舎の地下のレストランで昼食を摂り、市内観光へ。
まず初めにシェーンブルン宮殿へ。(写真はあいにく撮りませんでした。)
 
2度目か3度目になるシェーブルン宮殿ですが、豪華絢爛の様相は歴史の重みを感じさせます。
次に向かったのは中央墓地。
 あまり時間もなく駆け足のような見学でしたが、墓地前の花屋で花束を求めベートーヴェンの墓に捧げました。
いつ来ても花が一杯です。
 私の捧げた花束は手前白い菊の右脇の赤い花束。
初めてこの墓地を訪れたのは2007年のチェコの帰り。
 墓地全体がまるでミュージアムのようです。
私は後年、仙台/利府にお墓を建てたのですが、この墓地を参考に私がデザインをして下のような墓を作りました。 

                    

 見学の後、郊外の練習場へと向かい、そこでも合同練習をしました。
夕暮れの中、ホテルへと向かいました。
 29日の朝。左がケルントナー通り。その日は日曜日でまだシーンと静まり返った街並が見えます。
ウィーンでも私の好きな場所です。午後になると観光客で溢れんばかりとなります。
 思い出もたくさんあります。中でも、かつてここで亡き友人田丸寛と歩いていて「置き引き」に遭いました。
私がここに訪れたのは5年ぶりになりますが、以前は大道芸人が多く居て目を楽しませてくれたものですが、
 今回は難民(?)らしき人々の「物乞い」の姿には閉口しました。

 上右の写真は「ナッシュマルク市場」。
いつも傍を通る度に一度は行ってみたいところでした。
 小雨の降る中、地元の人や観光客に混じって雑踏を楽しみました。
美味しそうなチーズを買いましたが、部屋に持ち帰ってちょっと後悔。
 匂いがキツかったのでしたが、無事に日本に持ち帰ってウィーンの味を再び味わいました。

午後からシュテファン大聖堂での奉納演奏。
 日本から総勢100人に及ぶ合唱で、私の「三つの聖母マリア賛歌」より2曲、「マザー・テレサ 愛のことば」より3曲を演奏しました。
右写真がその時の演奏ですが、マザーテレサでは京都の箸尾哲男先生の朗読が入りました。
 ピアノは和田蕗子さん(ブダペストでもピアノ伴奏)
最後は「Ave verm corpus」。
 ウィーンでは万霊節という(死者の日)日本ではちょうどお盆に中る週間で、この日の私たちの演奏はまさに奉納演奏として良いタイミングで
あったと思います。
 大聖堂では多くの方が聴いて下さいました。
シュテファン大聖堂での演奏は私は3度目になるのですが、いつも心が引き締まり、ドームの響きが心に沁みます。
 今回のツアーでは是非、参加者にこの感動を伝えたかったのです。
私たちの演奏を聴いて、涙して下さった方も居られたようで、演奏している私たちも感動しました。
 多くの祈りの声を記憶しているシュテファン大聖堂とはそういう場所なのです。
この日の夜はMozart のレクイエムが演奏されました。

 さて、演奏も終わり昼食ではビールを一杯(いっぱいというのはたったの1杯)飲みましたが、
身体も心もホっとしたせいか酔いが身体を巡りました。

 この日の夜はMozartのレクイエムが演奏されている大聖堂を傍目に、箸尾先生、高松の西池さん、そして明日結婚を控えている長女の婿、
Kさんと連れ立って、独身最後の夜を箸尾先生の案内でケラー(飲み屋)に行きました。

 とても雰囲気の良い店内は多くの人で賑わっていました。
箸尾先生は「とことん付き合いますよ」とは言ってくれましたが、私も明日は結婚式。
 そこそこに4人でワインをたった2本だけ空けて、早々とホテルへと戻りました。


 10月30日、結婚式当日、やや肌寒い日でしたが晴天で清々しい日になりました。
日本を発つ時にこのホームページで私は「晴れ男」だからきっと好天に恵まれる「はず」と豪語しましたが、
 案の定、今回のツアーでは天気にも気候にも恵まれ快適な日々を過ごしました。
 上は結婚式の当日の写真。会場はヴェルベデーレ宮殿「オクトゴンの間」。
クリムトの有名な「接吻」が飾られている展示室の隣の部屋です。
 多くの観光客の前を、長女のS、婿のSに続き、「接吻」の絵の前を横切って式場の部屋に入場しました。

 宮殿は二組のカップルのにわかの撮影会となりました。
同行した次女のMは観光客に質問を受けたそうです。
「この人たち誰?」と。
 彼女は「私の姉とママの結婚式」と答えたということです。
式は簡素でそして味わいのあるものでした。

 最後にウィーン市が結婚を認める署名をして終わりました。
 ヴェルベデーレ宮殿の庭で。
新郎:鈴木憲夫と新婦:和田蕗子。

 午後はホテル・ザッハの「グスタフ・マーラーの間」でウェディング・ランチをしました。
ランチには宮崎の中村禎子先生のご家族、箸尾哲男先生、他にエムセックのスタッフの方などが参列して下さいました。
 ささやかな会でしたが、心温まる会でした。

 翌31日はウィーンを発ち、日本へ。
此の度は参加者全員、何事もなく、無事に日本に帰る事ができました。

 ブダペスト・ウィーンの旅は終わりましたが、私たちにとってはここから一つのスタートとなりました。
結婚に際して、多くの方々からご祝辞を頂戴しました。
 この場を借りて、心から深く御礼を申し上げます。

今後とも夫婦ともどもどうぞ宜しくお願い申し上げます。
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