HP通信6
2011年
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 HP通信NO.274/ 2011.12.25
 
 年の瀬も迫った15日早朝、鹿児島の朋友、田丸寛先生の訃報が入りました。
                  
          
      パリ、モンマルトルにて。(09年11月)向かって左が田丸寛先生、右は京都の箸尾哲男先生。

 田丸先生とはチェコ、ウイーン、パリなどご一緒しました。京都の箸尾先生とも仲良し3人コンビでした。
鹿児島にはこれまで何度、訪れたことでしょう。その度に先生の行きつけの店で焼酎で快飲。
 昨年の12月、コールベルのコンサートにも遊びにきてくれました。
想い出は尽きません。
 今年3月、胃がん手術。その後、治療されていました。
13日危篤の知らせが入り、(その時は仙台に居りました)さっそく鹿児島に飛んで行こうと思った矢先の訃報でした。
 ご家族のご希望で密葬、ということで鹿児島には行けず、知らせを受けた15日は
ただただ気が抜けた感じで、仕事どころではなく、その日一日寝ていました。

 来年2月の先生指揮の「コール明和」(鹿児島市)の演奏会には私はゲストとして招(よ)ばれています。
そこで私の「民話」が演奏されます。その指揮を先生から託されました。

 享年61歳。昨年、鹿児島で還暦コンサートが盛大に行われたばかりでした。
その折、私がワンステージを企画して、賑やかに「田丸寛物語」をやったことはまだ記憶に新しいところです。
 そのコンサートには、京都から箸尾先生もかけつけ、またウイーン演奏旅行に参加した関東、関西の有志たち50人以上が、
かけつけ、お祝いの演奏をしました。

 早すぎる「死」です。
鹿児島では今、多くの人が悲しんでいます。
 葬儀が行われなかったので、悲しみの持って行き場がないといったところです。
私もそうです。
 ただ、今は心よりご冥福をお祈りするしかありません。
合掌!

 

 今年最後の更新は訃報の知らせとなってしまいました。

 今年も各地を歩きました。手帳を見ましたら丸78日、ホテルなどに宿泊をしました。
往路もありますので、一年で約160日は旅の空の下にいたということです。
そして仙台/利府にもおよそ100日、ですから鳩山には100日、月にして10日間ほども居なかったということになります。

 その中で作曲の仕事というのはかなりキツい一年でした。
旅先ではとにかく、早く休む、ということを心がけています。そうでないと、身体が持ちません。
 初めて訪れる土地では、好奇心に走り、ついつい興奮してしまいます。
今年、4月長崎へは初めてでしたので、あちらこちらと随分歩きました。

 12月に入ってからは仕事で家に籠っていました。
年内締め切りのもの、ようやく目処がたち、少し気が楽になったところです。

 年末年始は両親と松島のホテルで過ごします。

                                     
 そうそう・・・マノンですが、一日に何度か顔を見せにきてくれます。
今はご近所のOさんのお宅の庭の寝場所がすっかりお気に入り。
 本日、買い物の帰り、我が家の近くでバッタリとマノンと遭遇。
何と、犬のように私に駆け寄ってきました。
「オマエ、ホントニネコ?」

                 
                  ネコジャラシと遊ぶマノン。
      このネコジャラシは先日、青森のYさんから「マノンちゃんと遊んで下さい。」と贈られたもの。

 皆さんどうか良いお年をお迎え下さい。
また来年、お目にかかりましょう。(更新は年明けになります) 


 HP通信NO.273/ 2011.12.13
 
 巷ではクリスマス賑わい、そして年賀状など、まさに年の瀬に向かってカウントダウン状態です。
そんな中、鳩山の山の中で独り、仕事にいそしむ私です。

 先週10日は宇都宮の鈴木静枝先生の喜寿お祝いのコンサートに行って参りました。
鈴木先生とは今年の8月にウイーンにご一緒したのでした。その折のメンバーの方々とも懐かしくお会いしました。
 鈴木先生ご指導の合唱団合同の演奏では何と500人の合唱でした。会場満員の大盛況の素晴らしいコンサートでした。

                 

    打ち上げ会場で。私のお隣が鈴木静枝先生、そのお隣がお嬢様でピアニストの鈴木康子先生。
 

 打ち上げ会場からは頑張って帰りました。(宇都宮に宿を取って二次会までお誘いをうけたのでしたが)
帰宅したのは10時。
最近、よく知人友人に言われる事です。
 鈴谷(すずや=さいたま市中央区)がまだ売れないで空き家であるのなら、元に戻れば?、と。
たしかにそうすれば交通の便が良く、とても楽です。
 とくに、仙台と行ったり来たりするには便利です。鈴谷の家の玄関から仙台/利府の玄関までジャスト2時間
今ですと約4時間。(乗り継ぎにも時間がかかるのです。)

 しかし、この鳩山のような自然の中におりますと、いろいろな身の周りに起きる浮き世事も
サラリと風のごとくにどこかに吹いていってなくなるような感じがするのですから不思議です。
 そして何より、自然というのは「調和に満ちています」。私は常にそれを実感しています。
ですから離れがたくなっているということも言えます。

 しかしながら、鈴谷の家は私の中ではまだ選択肢のひとつにあることもたしかです。

 アッチ行ったりコッチ行ったりしているマノンがうらやましいです。
毎日、マノンは顔を出します。
 それがお義理か、マノンなりの挨拶なのか、ワタシを忘れないでよね、とでもいうように。
ネコは身ひとつで引っ越しできます。
 改めてネコはイイナ〜!と。


       
12月新刊の男声合唱曲集「関白宣言」に続いて、
今月も(来年1月1日付け)新刊が出ました。
NEW! 
男声合唱のための日本民謡メドレー「ハア ドッコイショ」カワイ出版
            鈴木憲夫編曲
このユニークなタイトルは編集の牧野女史の発案です。

この作品は2009年11月20日、日本・オーストリア交流年記念事業
「Chorus Japan Day」ウイーン楽友協会大ホール「黄金の間」にて
演奏は交流記念男声合唱団、指揮は箸尾哲男氏、ピアノは山本晴美さんで初演されまし
た。この公演には京都、福井、諏訪など各地からの参加で、ウイーン現地でほぼ初めて
練習するというハードな日程でしたので、編曲はごく簡明に、短い時間でも合わせやす
いようにという意図をもって編曲しました。
ウイーンの聴衆からは大喝采を受けました。

初級 P6 定価900円
                              

 さてさてこれから仙台です。
仙台でも仕事をしますが、何かと家の用事もあり、両親が待っていてくれております。

 そういえば昨年もこんな調子でした。昨年の今頃はNHKの課題曲の仕上げをしていました。
来年の今頃もきっと今の状況を思い浮かべることでしょう。

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                  2013年、私は還暦を迎えます。
   コールベルの皆さんを中心にしてお祝いコンサートが企画され、そろそろ準備で皆さん動いて下さっています。
 
                
                       11日夜、池袋で
          後列、左からコールベルの山津さん、坂上さん、ひびとも合唱団の田中君、
              前列、右は伊澤君、中央、顔は伊澤君の奥さんの早苗さん。

 ひびともの皆さんとは彼らが学生の頃からのお付き合いです。
毎年、新年会やら忘年会をやっています。この日、打ち合わせではありましたが、忘年会さながら楽しい会になりました。

 「還暦のお祝いコンサート」とは、正直、私は「自身のことを出す」ことはあまり好きではありません。
そういう私を知っていて下さる皆さんが「周りの壕から固めよう」とばかり、早速会場を取って下さいました。
 「2013年5月18日 浜離宮ホール」です。
参加して下さる団も今のところ7団体くらいあるそうです。
 折角ですから「皆さんにとっても楽しい会」になるようにと、私も思っているところです。

 いよいよ本格的な寒さがやってきます。
私は寝る時にはタオルを首にまいて寝ているのです。
 どうか皆さんもそれぞれに自衛して寒さを乗り切って下さいね。

 HP通信NO.272/ 2011.12.4
 
 12月に入り、寒さも一段と増してきました。
11月26日は市川男声合唱団の第8回定期演奏会で「男声合唱作品集<関白宣言>」が初演、
会場の市川文化会館は満員の大盛況。演奏も熱演でした。
そして同時にカワイ出版から刊行されました。

               
    打ち上げで: 右から指揮者の田中安茂先生、中央がピアニストの岩撫智子先生。
 
さだまさし作品による男声合唱曲集
      関白宣言12月カワイ出版刊
曲目:北の国から
   秋桜
(コスモス)
   関白宣言
   案山子
(かかし)
   防人の詩
(さきもりのうた)以上5曲
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定価1900円+税
初級〜中級




 11月30日から宮崎へ。
宮崎の「コールバイオレット」(指揮者:中村禎子先生)とは10年以上前からのお付き合いです。
というより、指揮者の中村先生率いるいくつかの合唱団とはもうすっかりお馴染みです。
「コール・バイオレット」と「コールレインボーみやざき」(指揮者:中村先生)の2つの合唱団が来年7月、10月に演奏会を開催します。私はその2つのコンサートの客演指揮をお引き受けをしています。此の度はそのリハーサルで宮崎に参りました。

 それがまた宮崎に向かう11月30日は大変でした。東武東上線で踏切事故。すっかり足止めをくらい、
坂戸から川越までタクシーで。そして飛行機の搭乗カウンターには出発の5分前に滑り込むという慌ただしさでした。

             
    「コールバイオレット」の練習(11月30日)   「コールレインボーみやざき」の練習風景(12月1日)

                  
            左が中村禎子先生、右がコールレインボーのピアニストの財津先生

 宮崎は暖かかった!。コートを持っていきましたが、全く不要。生あたたかな風で、まさかの9月なみの気温。
さすがに南国でした。
 今回は二つの合唱団のお招きでしたので、連日のご馳走づくしで若干肥満気味に。
中村先生とは20年来のご厚誼をいただいています。バイオレットのメンバーとも旧い旧い馴染みです。
 楽しいお酒を飲み、楽しい2日間を過ごしました。

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 2日、夕方羽田に着くとそこは寒空でした。
羽田から浅草へ。
 浅草では旧くからの友人二人と「どぜう」を食べました。

                 
                       左が柳川、右がドジョウ鍋

 浅草で1泊し、3日に帰宅。

 今回も仕事ではありましたが、親しい方々と楽しい時間を過ごした、という感じでした。
宮崎を訪れる度に寄った料理店さんも、女将さんの病気で閉じてしまい、ちょっと寂しい限り。
 宮崎は今年3回も行きました。



 マノンは、ご近所の居候先のOさんのお宅から、何度か家に連れてくるものの、すぐ外に出たがります。
Oさんご夫婦は猫好きのそして優しい方々です。
 マノンには居心地がよさそうです。

 昨夜はマノンは家で寝ました。朝方、外に出ていき、そして夕方になるとまた連れに行きます。
最近はその繰り返しです。
 マノンは元気でおりますので、寂しい感じはありません。

               
                     2.3日前のマノン。

 巷ではクリスマスソングが。それに年賀状の季節。
今年は震災の年でもあり、例年より早く月日が過ぎた印象です。

 年の瀬に向かい、年内締め切りのものに拍車をかけなければ・・・・・・・。

 HP通信NO.271/ 2011.11.24

 あっという間に11月も残りわずかとなりました。早いものです。
更新もウカウカしてましたら大分間が空いてしまいました。
その間、アクセス数「230.000」を越えました。

 12日は市川市合唱祭で講師をし、翌日、諏訪へ。「諏訪合唱団」の演奏会に伺いました。
曲目は混声版「二度とない人生だから」他。私はアンコールでこの組曲の最終曲「二度とない人生だから」を指揮しました。
 皆さんとはもう大分旧いお付き合いです。
この合唱団とは「永久(トコシナ)ニ」を一緒に作り、このメンバーの方々と2年前、
ウイーン楽友協会にて「永久ニ」を演奏してきました。

               
                 前列が指揮者の宮下荘治朗先生、
                私の右がピアニストの安藤美季さん、
            左横が団長の岡野貞夫さん、その横が副団長の浜孝子さん

 
            
                 打ち上げで全員で記念写真。

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  19日から広島県・尾道市で「女声合唱団・まどか」の演奏会に客演指揮として招かれました。 
ここでは私の小品を数作、アンコールでも指揮をしました。
「まどか」はおかあさんコーラス全国大会に出場するなど実力のある合唱団です。  
今から10年程前から高山先生ともご縁がありました。

                
           高山久仁先生とピアニストの田中直美先生。打ち上げ会場で。

 とても和やかで、超満員のお客様で大盛会。皆さん素晴らしい演奏をされました。
そして風光明媚な尾道での楽しい2日間を過ごしました。
                         
 市川の「コール・ベル」からも15人ほど参加をし、アンコールの「ほほえみ」を合同で演奏しました。
昨年のコールベルの演奏会に「まどか」の指揮者高山先生、他数人の方がわざわざお出かけ下さいました。
 そのような交流があって、コールベルも「まどか」さんの演奏会に伺った次第です。
演奏会翌日、高山先生、団長の石崎さん、佐々井さんらのご案内で、千光寺周辺をご案内いただきました。

               
          尾道ラーメン                  千光寺の境内で。

 昼食は皆さんと「尾道焼き」をたっぷりと堪能しました。これも、団員の方のお取り計らいによるもの。

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 22日は尾道から(広島空港)札幌に直行。
「札幌放送合唱団」の演奏会で「鈴木憲夫作品集」を組んで下さいました。
曲目は「日本こころのうた」より8曲、「みすゞこのみち」「二度とない人生だから」。
 伝統ある合唱団だけに、会場は満員。演奏も素晴らしいアンサンブルで感動しました。

 札幌に降り立つと小雪が舞い降りてました。
路上には数日前に降った雪が残っており、札幌はもう「冬」。きっちりと厚着をし「寒さ対策」をしたつもりでしたが、
さすがに寒く、駅ビルでジャンバーを買ってしまいました。

 コンサートは9時終演。それから打ち上げ。

               
  打ち上げで中央が指揮者の大嶋恵人先生、       向かって左が真部惠子先生、右が山出睦子先生。
  そのお隣がピアニストの千葉皓司先生。    お二人とも団員ながら、合唱指揮者。これまでお二人の合唱団に客演指揮
                         で招かれています。今回もこのようなたくさんのご縁がありました。

 アンコールでは「ほほえみ」を指揮させていただきました。
諏訪での演奏会、尾道そして札幌の演奏会でも「日本こころのうた」のCDを販売させていただきましたが、
用意していった枚数はすべて完売。

 ややハードな日程が続きましたが、皆様のあたたかな心に触れ、心楽しい数日間でした。

                   
                    飛行場で函館ラーメンを            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今月残りも演奏会などで家を留守にします。
作曲のことが気にかかりますが、何とか、家に居る時は作曲に従事することにしています。

 マノンもご近所のOさんのお宅のお庭で元気にしています。
只今、ノラちゃん3匹の疎開先を懸命に探しております。
 あとしばらくしたら、マノンも戻れるようになるはずです。そうなるように只今奮闘中。

 私は旅先ではとにかくゆっくり身体を休めることにしています。
お陰さまで元気です。

寒暖の差が大きいので、身の保護が大変です。
皆様もどうかくれぐれも御身大切に。


 HP通信NO.270/ 2011.11.11

 前回の更新よりほぼ10日が経ちました。最近は10日を目処に更新するようになってきました。
前回は<最近の猫事情>は書きませんでした。イヤ書けなかったのです。
 実は我が家にとって大事件が勃発。
マノンが<家出>をしてしまったのです。
 マノンにとって<セカンドハウス>ができたようだ、とは以前に書きましたが、
今は家に帰らずご近所の2.3の家を転々としているようです。
 <家出>といっても<行き先>は分かっているので、日に何度もそのお宅に行ってはマノンと話してはいます。
しかし今月も家を留守にする日が多いものですから、それも持続できず残念な思いで、いつも家を後にします。

 原因はハッチとその子たちがすっかり家の周りに居着いたせいです。
ハッチとはそもそもそれほど悪い相性ではありませんでした。しかし、子猫たちが生まれ、しかも宿敵<コロ>の子供、
コッコロには敵意のようなものを見せていました。
 こういうアンバランスな図でも、それが当たり前になってくれればと思っていたのでしたが、結局は思い違いでした。
普通でしたら<縄張り>争いでマノンの方が追い出す筈なのですが、マノンは違ったのです。
 マノンの方から家を出るとは。
ノラちゃんたちが住み着く原因のひとつは、留守中マノンの面倒をみてくれていたTさんが、
ノラちゃんが可哀想、というので、軒下にダンボールの家を作ったことも原因のひとつでした。
 それを黙認した私も多いに責任を感じるところですが、
マノンからすれば、家の周りにはいつも他の猫たちが。すっかり居着いてしまったノラちゃんたちを見て、居場所が無くなったと 感じたのでしょう。

 マノンには何とか帰って欲しいと思っているものですから、今回、思いきった手段に。
我が家では<飼う事はできない>ことをノラちゃんたちに知ってもらわねばなりません。
 この家には住めないんだよ、と、まずダンボールの家を撤去しました。
 親猫ハッチはいつもどこか他のところで寝ています。
子猫二匹だけが我が家の軒下のダンボールの中で寝ていました。
 親子でどこか違う場所に住まいを見つけ、エサが欲しければ食べにくればいい、と。
エサも上げなければ良いのかもしれませんが、それでは何が何でも可愛そうです。
こういうことでしばらく様子を見ることにしました。
 果たしてどうなるか、ノラちゃんたちには正直可哀想な気持ちで一杯です。
ですが、私にとってマノンはかけがいのない同居人です。
 マノンが元気で居ることが分かっているだけでちょっとは安心ですが、でも寂しさは募る一方です。
マノンに通じるかどうか知りませんが、何とか帰って欲しいと願っているところです。

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 もうひとつ、私にとって悲しい事が。
一昨日の9日、永年、コールベルで合唱を一緒にやってきたSさんが病気で亡くなりました。
 まだ54歳という若さ。2週間ほど前の練習には体調が良くなかったらしいのですが、それでも顔を見せてくれていました。
3年前に発病して以来、亡き家内と同じ病気でしたので、時折、治療法についても相談にも乗っていました。昨夜はお通夜。
 何とも悲しいことでした。

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 明日からまたしばらく留守に。今月も家に居る時間があまりありません。 
日に日に寒さが身にしみるようになってきました。
 旅が多いと、着るものもよくよく考えないと大変です。
明日は市川、明後日は諏訪です。来週は広島から札幌直行です。
 宮崎にも参ります。

 そういう中でも作曲は勤勉にしております。

今回の更新は只今ののっぴきならない<最近の猫事情>のみで失礼します。             

 HP通信NO.269/ 2011.11.1

 11月に入りました。あっという間に夏が過ぎ、今まさに晩秋です。
歩いていて枯れ葉を踏みしめる音が快感です。まるでポテトチップをかじるような音。「シャクシャク」という。
 鳩山には枯れ葉が一杯ですので、ここ当分は枯れ葉踏みで楽しめそうです。                 

 先週は横須賀市に居りました。「市民合唱のつどい」の講師として招かれました。
今年で3年目です。 
  
               
        前列左端が会長の山田茂雄先生。他、委員の方々と。この後、懇談会に出発!。

 3回目ともなりますと、委員の方々とも顔なじみ。この後の定例のヤキ鳥店さんでの懇談会は賑やかでした。
30日31日と行われた会では53団体の演奏を聴きました。皆さん、大変和やかにそして楽しく充実した会でした。
 全市を上げてのイヴェントなだけに大盛会でした。
山田会長を先頭に、横須賀市と姉妹都市になる会津若松市での訪問演奏のお話も興味深く伺いました。 
 また来年お邪魔をします。来年はまたどのような演奏を聴かせてもらえるか楽しみです。

 ちょうど上の写真を撮ったのは30日。この後、商店街へと繰り出したのですが、この日はハローウインで、
様々な趣向の衣装をまとったたくさんの子供たち、親子連れで溢れていました。
 私の世代には馴染みのない行事です。馴染みが薄いだけに異様にも感じました。
アメリカのTVなどで見知っていましたが、日本でもこんなに盛んなことを初めて知りました。
 これも「クリスマス並」にこれから当たり前の習慣になるのでしょうか。

 以前、ある観光地の紹介で、日本独特の既存種が外来種によって絶滅の危機にひんしている、とのTVを見た事があります。
日本の既存種は外来種には弱いのだそうです。
 日本の古くからの行事、たとえば「豆まき」とか「ひな祭り」とか「端午の節句」などの風習は
今の日本で健在なのでしょうか。
 外来風習も結構ですが、日本古来の既存風習も大切にしてもらいたいものです。

 私はこういう流行ってコワイ感じがするのです。
流行というのは知らず知らずみな当たり前の感覚になっていきます。
 流行に乗らないと「生きていけない」・・・とでもいうような錯覚。
これはコワイ話です。

 こんなことを書くと、何やら私はとても古い人間になったような気分になります。
しかし、実際、音楽を作る立場で永年生きているとその「流行」という現象に無感覚ではいられないのです。
常に周りには流行の世界があります。「その中で自分は」という問いかけ自体が、作家としての私の生き方でもありました。
 私の恩師「伊福部昭先生」から、その時代を生き抜く「作家論」をはじめ「美学」を学びました。
若い時に、そういう師と出会い、一生の指針を授けられたということは幸いこの上ないことだっと思っています。

 ハローウイン、ちょっと調べましたらそもそもヨーロッパのものだそうです。
バレンタインもそうですが、いちいちそれら外来風習に抵抗を感じるのは、
やはりそれだけ古い人間なのだ、という証なのでしょうね。

 以下はお知らせ、と前回、またその前回でもご報告した「音楽ほほえみ基金」の義捐物資のご報告。

今回はこのへんで失礼します。


 
                    
インド演奏旅行のご案内

 来年2012年2月16日〜21日、インド第三の都市「バンガロール」で「ジャパンハッバ(日本祭)」が開催され、
    そこで地元の合唱団「ロイヤル・エコー(混声)」が「二度とない人生だから」を演奏します。
私はそこで客演指揮をします。日本からも女声合唱団の有志が参加をし、一緒に「二度とない人生だから」を演奏するというイヴェントが企画されました。
興味のおありの方には資料をお送りいたします。
宜しかったらインドで組曲「二度とない人生だから」をご一緒に歌いませんか?
資料請求、またお問い合わせ→  Bell musica/松田bellmus2@koalanet.ne.jp


   

以下は前・前号でもご紹介したもの。ご報告を兼ねて今回も掲載いたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
         たくさんの義捐物資をありがとうございました。

           

              義捐物資により、寄贈された本の一部。

           集まった金券の詳細をここでご報告いたします。

○義援金リスト(7月20日送付分)
・図書券/図書カード=207.700円・商品券=172.500円・クオカード=20.500円
・ビール件(缶/びん)=205枚・その他/各種ギフト券(50内)、テレカ(240枚)、切手類(5.730円相当)

★金券400.700円相当ほか各金券

○義援金リスト(9月10日送付分)
・現金 7,000円・図書券 合計 340,900円 ・お花券  合計 42,500円・デパート共通券 合計 183,000
・JCB/VISA/DC/UCハ/NICOS 合計 154,500円・デパートそごう・西武・三越 合計 4,000円
・スーパー・JA商品券 合計 24,000円・JCB  合計 9,000円
・地方の店舗/運輸 商品券・利用券 合計 4,000円
・鉄道関係  合計6,500円・JR 旅行会社関係 合計 26,000円
・日立家電品ギフト券 合計5,000円・ふみカード 合計 1,500円・食事・食品 合計 7,052円
・QUOカード 合計38,800円・お米券 1Kg・500円=17枚  合計8,500円
・清酒券 合計 25,372円・ビール券 合計 166,385円
・子供券 合計 2,500円・切手・ハガキ 合計 25,695円・テレホンカード 合計 172,000円
★金券1,254,204円

               ○全体の総額(10.10現在)  
            ¥1.654.904円相当の金券ほか各種金券

 本当にたくさんのご協力ありがとうございました。
後日、「音楽ほほえみ基金」ホームページにても記載、紹介したいと思っています。

 今回、金券といっても地域限定のものもあったり、「換金」が難しいものもありまして、
これらの送り先であるボランテイアの川村隆弘さんには却ってご面倒をおかけしました。
 今後、この点を検討をし、連絡を密にしながら更に進めて行ければと思います。

今回の送り先である「教育を考える親たちの会」東松島市代表 川村隆弘さまよりのメール

音楽ほほえみ基金様へ

 3月11日の千年に一度という未曾有の大震災より半年以上が経過し、避難所生活から
仮設への生活と形態は変わってきておりますが、現地の実態はなんら変わっておりません。
 確かに見た目では道路の瓦礫も殆ど撤去され一見何事もなかったような町並みに見えますが
一歩町裏に入れば至る所震災の爪痕が未だにそのまま残っており、さらに一歩町をでれば
小さなスペース、公園、公共の敷地等々に立ち並ぶ仮設住宅と隣接する瓦礫集積の山々。
 更には自宅を失い、仕事を失い、家族友人を失い途方に暮れている人達もまだまだいると
いう現実、復興の方向性が見えない中、多くの問題を抱えたまま1日1日が過ぎていきます。

 震災直後より、全国のボランティアさんや支援団体さんの献身的な支援によりこの半年を
乗り越えてこれました。皆様にはどんなに感謝しても感謝しきれないほどです。
 鈴木憲夫先生はじめ、音楽ほほえみ基金の皆様から、お寄せ頂いたたくさんの義援金と
お心遣いに、こころより感謝いたします。ほんとうにありがとうございました。既にお預かりした
 義援金の中より、東松島市・石巻市・女川町の子供たちの為に、図書の寄贈という形で
使わせて頂いております。子供たちは目をきらめかせながら図書に向き合っていました。
 この支援も続けられる限り継続して参りたいと思っております。これから先も温かい目で
見守って頂ければと思います。ありがとうございました。

教育を考える親たちの会
東松島市代表 川村隆弘


 今回のご報告をもって「義捐物資・金券のお願い」は一旦、終了いたします。
上で記しましたように、金券の「換金」の件で、川村さまはじめ関係者にはお手間をおかけしました。
 今後、良い方法を考え、その折はまた宜しくお願い申し上げます。

 

             

 HP通信NO.268/ 2011.10.21

 今週は仙台/利府に行っておりました。朝夕の冷え込みは、やはり関東とは肌着一枚分くらいの違いがあります。
いつもながら、塩竃神社への散歩、そしてお墓参りをしてきました。
 利府の仕事場からは夕日がきれいに見えます。

                 

 そして鳩山の家からは朝日が見えます。一度、鳩山で日の出を見、利府の家でその同じ太陽が沈むのを見た事があります。
何とも贅沢な風景の中に居ります。

 先日も、秋の夕暮れ!何とも鮮やかでした。

「読書の秋」といいますが、私は一年中、本を傍から離しません。もっぱら気分転換を主にしていますので、
内容は比較的軽いもの。以前読んだものを読み返すことも普通です。
 先日来、好きな作家である白石一郎さんのシリーズものを読んでました。
しかし、2冊ほどどこにいったものやら(引っ越し以来、どこかに埋もれているかも知れず)見当たりません。
 仕方なく、新しく購入にすることにしました。が、どこの本屋を探しても既に物故者である白石一郎さんの本はありません。
最近の流行の作家の本は相変わらず本だなに所狭しと並んでおります。
 常日頃から私は思っていることですが、日本は「文学の国」なのですね。
次々と新しい作家が出て、文芸出版界は大賑わいです。
 出版社の売り込みも凄い!。まず「賞」が多い。おまけに本屋さんが選ぶ「本屋大賞」というものまであります。
たしかに面白いものもあります。が、再びそれを読みたいと思うものはあまりありません。
 果たしてそれらが後世に残るかどうかは別問題にしても、それは読者層が厚いから成し得られることです。
では「音楽は?」というといつも考えさせられます。

 外国、とくにヨーロッパは街中「美術館」です。音楽会にも人が集まります。5年前のチェコのスメタナホール、
3年前のウイーン楽友協会、そして今年8月のウイーンオペラ座での公演は、いずれも満員の聴衆でした。
 やはり「音楽の都」、ヨーロッパの音楽愛好者層は日本の比ではなさそうです。

 ただし日本は「合唱の国」であるとも言えます。これまでヨーロッパで行ってきた公演について、
多くの方々から絶賛を受けました。
 出演は主に皆さん「おかあさんコーラス」の方々です。レヴェルの高さに驚かれました。
これは日本で誇れるものだと私は思います。ただ、合唱人口が多いとは言っても、愛好者の層が厚いか、というと
必ずしもそうとは言えないのが残念ですが・・・。

 話を戻しますと、日本は「文学の国」。日本の音楽は器楽が発達しませんでした。
音楽は文学と深い関わりがあります。それが日本の伝統音楽として形づくられてきました。
 文学(または叙述)が先行し、その付随という形態が日本特有の音楽のあり方でした。
これについて書けばキリがありません。

 白石一郎さんの本、探しているうちにいつか見つかるかもしれません。そのように期待しています。


                    
インド演奏旅行のご案内

 来年2012年2月16日〜21日、インド第三の都市「バンガロール」で「ジャパンハッバ(日本祭)」が開催され、
    そこで地元の合唱団「ロイヤル・エコー(混声)」が「二度とない人生だから」を演奏します。
私はそこで客演指揮をします。日本からも女声合唱団の有志が参加をし、一緒に「二度とない人生だから」を演奏するというイヴェントが企画されました。
興味のおありの方には資料をお送りいたします。
宜しかったらインドで組曲「二度とない人生だから」をご一緒に歌いませんか?
資料請求、またお問い合わせ→  Bell musica/松田bellmus2@koalanet.ne.jp


   

以下は前号でもご紹介したもの。ご報告を兼ねて今回も掲載いたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
         たくさんの義捐物資をありがとうございました。

           

              義捐物資により、寄贈された本の一部。

           集まった金券の詳細をここでご報告いたします。

○義援金リスト(7月20日送付分)
・図書券/図書カード=207.700円・商品券=172.500円・クオカード=20.500円
・ビール件(缶/びん)=205枚・その他/各種ギフト券(50内)、テレカ(240枚)、切手類(5.730円相当)

★金券400.700円相当ほか各金券

○義援金リスト(9月10日送付分)
・現金 7,000円・図書券 合計 340,900円 ・お花券  合計 42,500円・デパート共通券 合計 183,000
・JCB/VISA/DC/UCハ/NICOS 合計 154,500円・デパートそごう・西武・三越 合計 4,000円
・スーパー・JA商品券 合計 24,000円・JCB  合計 9,000円
・地方の店舗/運輸 商品券・利用券 合計 4,000円
・鉄道関係  合計6,500円・JR 旅行会社関係 合計 26,000円
・日立家電品ギフト券 合計5,000円・ふみカード 合計 1,500円・食事・食品 合計 7,052円
・QUOカード 合計38,800円・お米券 1Kg・500円=17枚  合計8,500円
・清酒券 合計 25,372円・ビール券 合計 166,385円
・子供券 合計 2,500円・切手・ハガキ 合計 25,695円・テレホンカード 合計 172,000円
★金券1,254,204円

               ○全体の総額(10.10現在)  
            ¥1.654.904円相当の金券ほか各種金券

 本当にたくさんのご協力ありがとうございました。
後日、「音楽ほほえみ基金」ホームページにても記載、紹介したいと思っています。

 今回、金券といっても地域限定のものもあったり、「換金」が難しいものもありまして、
これらの送り先であるボランテイアの川村隆弘さんには却ってご面倒をおかけしました。
 今後、この点を検討をし、連絡を密にしながら更に進めて行ければと思います。

今回の送り先である「教育を考える親たちの会」東松島市代表 川村隆弘さまよりのメール

音楽ほほえみ基金様へ

 3月11日の千年に一度という未曾有の大震災より半年以上が経過し、避難所生活から
仮設への生活と形態は変わってきておりますが、現地の実態はなんら変わっておりません。
 確かに見た目では道路の瓦礫も殆ど撤去され一見何事もなかったような町並みに見えますが
一歩町裏に入れば至る所震災の爪痕が未だにそのまま残っており、さらに一歩町をでれば
小さなスペース、公園、公共の敷地等々に立ち並ぶ仮設住宅と隣接する瓦礫集積の山々。
 更には自宅を失い、仕事を失い、家族友人を失い途方に暮れている人達もまだまだいると
いう現実、復興の方向性が見えない中、多くの問題を抱えたまま1日1日が過ぎていきます。

 震災直後より、全国のボランティアさんや支援団体さんの献身的な支援によりこの半年を
乗り越えてこれました。皆様にはどんなに感謝しても感謝しきれないほどです。
 鈴木憲夫先生はじめ、音楽ほほえみ基金の皆様から、お寄せ頂いたたくさんの義援金と
お心遣いに、こころより感謝いたします。ほんとうにありがとうございました。既にお預かりした
 義援金の中より、東松島市・石巻市・女川町の子供たちの為に、図書の寄贈という形で
使わせて頂いております。子供たちは目をきらめかせながら図書に向き合っていました。
 この支援も続けられる限り継続して参りたいと思っております。これから先も温かい目で
見守って頂ければと思います。ありがとうございました。

教育を考える親たちの会
東松島市代表 川村隆弘


 今回のご報告をもって「義捐物資・金券のお願い」は一旦、終了いたします。
上で記しましたように、金券の「換金」の件で、川村さまはじめ関係者にはお手間をおかけしました。
 今後、良い方法を考え、その折はまた宜しくお願い申し上げます。

 

                 <最近の我が家の猫事情>

 コッコロがすっかり私になついてしまいました。

               
 もはや「家猫」状態。
私の足にまとわりついてまともに歩けない状態なのです。
 しかし困ったことが。
マノンが家に帰らない日が多くなりました。
 意識的にコッコロを可愛がることはしない私ですが、マノンにとっては「面白くない」ことに違いありません。
さてさて、どうしましょ。我が家の「秋の事件」です。
 コッコロを里子に出すことも考え始めているところです。

とそんな矢先、下の写真は昨夜のマノン。
 
             
       座っている私の膝に飛び乗り、両手を広げて私のおなかを抱くように寝ています。
       「・・・・・・・・・・・・」
       心配のし過ぎか、このまままたしばらく様子をみてみようか・・・・・・・・・。

マノンとコッコロのツーショットが撮れれば一番良いのですけど。

 HP通信NO.267/ 2011.10.10

 NHK学校音楽コンクール・小学校の部は昨日9日、本選を終え、無事に終了しました。
もちろんテレビで放映されましたので、昨夜帰宅すると感想のメールや電話がいくつも入っていました。
 何故ホームページで事前にお知らせしなかったのか、などというお電話もありました。
テレビは苦手なのです。そして恥ずかしかったのです。 
 今度、こういう機会がありましたらなるべくお知らせ致します。
 
 やはり今年のコンクールは何か違いました。
震災の影響というのは本当に、見えないところで、日本の文化を鍛えたようですね。それを実感しました。
 何故なら小学生の皆さんの演奏が、音楽がみな「生きて」いたからです。
表現がとてもはっきりとしていました。
「歌う」ということ、「生命」ということ、きっとこれまで考えたこともないことを突きつけられ、
「今を生きる、歌う」ことの歓び、大切さが、歌の表現となって表れたのだと思います。

 本当に「甲乙」つけがたい演奏ばかりでした。
3月の課題曲発表からおよそ半年以上にも亘り、
 課題曲「ぼくらは仲間」を熱心に取り組んでくれた小学生の皆さんには心から感謝します。 
        
 私もたくさん良い経験をさせていただきました。



         たくさんの義捐物資をありがとうございました。

           

              義捐物資により、寄贈された本の一部。

           集まった金券の詳細をここでご報告いたします。

○義援金リスト(7月20日送付分)
・図書券/図書カード=207.700円・商品券=172.500円・クオカード=20.500円
・ビール件(缶/びん)=205枚・その他/各種ギフト券(50内)、テレカ(240枚)、切手類(5.730円相当)

★金券400.700円相当ほか各金券

○義援金リスト(9月10日送付分)
・現金 7,000円・図書券 合計 340,900円 ・お花券  合計 42,500円・デパート共通券 合計 183,000
・JCB/VISA/DC/UCハ/NICOS 合計 154,500円・デパートそごう・西武・三越 合計 4,000円
・スーパー・JA商品券 合計 24,000円・JCB  合計 9,000円
・地方の店舗/運輸 商品券・利用券 合計 4,000円
・鉄道関係  合計6,500円・JR 旅行会社関係 合計 26,000円
・日立家電品ギフト券 合計5,000円・ふみカード 合計 1,500円・食事・食品 合計 7,052円
・QUOカード 合計38,800円・お米券 1Kg・500円=17枚  合計8,500円
・清酒券 合計 25,372円・ビール券 合計 166,385円
・子供券 合計 2,500円・切手・ハガキ 合計 25,695円・テレホンカード 合計 172,000円
★金券1,254,204円

               ○全体の総額(10.10現在)  
            ¥1.654.904円相当の金券ほか各種金券

 本当にたくさんのご協力ありがとうございました。
後日、「音楽ほほえみ基金」ホームページにても記載、紹介したいと思っています。

 今回、金券といっても地域限定のものもあったり、「換金」が難しいものもありまして、
これらの送り先であるボランテイアの川村隆弘さんには却ってご面倒をおかけしました。
 今後、この点を検討をし、連絡を密にしながら更に進めて行ければと思います。

今回の送り先である「教育を考える親たちの会」東松島市代表 川村隆弘さまよりのメール

音楽ほほえみ基金様へ

 3月11日の千年に一度という未曾有の大震災より半年以上が経過し、避難所生活から
仮設への生活と形態は変わってきておりますが、現地の実態はなんら変わっておりません。
 確かに見た目では道路の瓦礫も殆ど撤去され一見何事もなかったような町並みに見えますが
一歩町裏に入れば至る所震災の爪痕が未だにそのまま残っており、さらに一歩町をでれば
小さなスペース、公園、公共の敷地等々に立ち並ぶ仮設住宅と隣接する瓦礫集積の山々。
 更には自宅を失い、仕事を失い、家族友人を失い途方に暮れている人達もまだまだいると
いう現実、復興の方向性が見えない中、多くの問題を抱えたまま1日1日が過ぎていきます。

 震災直後より、全国のボランティアさんや支援団体さんの献身的な支援によりこの半年を
乗り越えてこれました。皆様にはどんなに感謝しても感謝しきれないほどです。
 鈴木憲夫先生はじめ、音楽ほほえみ基金の皆様から、お寄せ頂いたたくさんの義援金と
お心遣いに、こころより感謝いたします。ほんとうにありがとうございました。既にお預かりした
 義援金の中より、東松島市・石巻市・女川町の子供たちの為に、図書の寄贈という形で
使わせて頂いております。子供たちは目をきらめかせながら図書に向き合っていました。
 この支援も続けられる限り継続して参りたいと思っております。これから先も温かい目で
見守って頂ければと思います。ありがとうございました。

教育を考える親たちの会
東松島市代表 川村隆弘


 今回のご報告をもって「義捐物資・金券のお願い」は一旦、終了いたします。
上で記しましたように、金券の「換金」の件で、川村さまはじめ関係者にはお手間をおかけしました。
 今後、良い方法を考え、その折はまた宜しくお願い申し上げます。

   

                   <食欲の秋なのだ〜!>
☆最近お気に入りの新作簡単メニュー!
『スープパスタ&ワンタン』    

       

☆作り方
・左のインスタント、お湯を入れます。
・それをトマートホイールと一緒に煮込みます。
・その中にワンタンの皮、とろけるチーズも適当に入れれば完成!!
(ちなみにワンタンの皮は一旦、お湯で茹でてから入れても可)
あとはパルメザンチーズなどお好みで。
たったこれだけ。料理の時間は3〜4分。
トマトですからヘルシー。なのにワンタンなども入っていますから結構オナカ持ちします。
よろしかったらお試し下さい。



 <最近の我が家の猫事情>ですが、
 コッコロがすっかり家で「くつろぐ」ことを覚えてしまい、まるで家猫のように家でゴロンゴロン。
私の足にもスリスリしてくるようになりました。
 しかし私が手を差し伸べようとすると「逃げます」。 
いずれ、本当に「家猫」になりそうなヨ・カ・ン。
 

 問題はマノンなのですが、
前とはちょっと違い、コッコロが近づいていってもさほど「威嚇」するようなことはなくなりました。が、
でもまだまだ。
 いずれは仲良くなるのでしょうか? 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「秋の夜長」とはいいますが、最近は寝るのが早いのです。
大体9時か10時には寝ます。
 鳩山の夜は静か。只今は虫の声の合唱です。

「食欲の秋」ともいいます。また「読書の秋」とも「スポーツの秋」とも。
それだけ「秋」は一年の中で「生を謳歌する」季節なのでしょう。

 電車に乗っても「ケホンケホン」する人も目立ってきました。お互いに油断なきよう注意をしましょうね。


 HP通信NO.266/ 2011.9.28

 大きな台風が続けざまにやってきて、夏の異常気象の空を一掃したかのように突然秋を運んできました。
むしろ涼しげな今日この頃です。

  

            
                  鳩山の秋、私のお気に入りの<林の小径>


 25日は「竜ヶ崎混声合唱団創立25周年」(指揮者:安達陽一先生)演奏会に伺いました。 
そのコンサートでは「雨ニモ負ケズ」そして新作となる「混声版=マザーテレサ 愛のことば」が初演されました。
 この合唱団とは故相良文明先生がかつてお元気で居られた頃からお付き合いがあります。
今回、25周年記念ということで新作の委嘱を受け、マザーテレサの混声版を初演していただきました。
 演奏も素晴らしく、また龍ケ崎市民会館大ホール満員の聴衆で大成功の演奏会でした。
アンコールでマザーテレサの1曲目を指揮いたしました。
 練習なしのぶっつけ本番!。
皆さんとの「息」が絶妙に合い、とても嬉しい瞬間を味わいました。
                                             
  打ち上げも大変な盛り上がり。私のお隣が指揮者の安達陽一先生、そしてそのお隣がピアニストの大畑知子先生

 新刊楽譜を当日即売、かなり好評のようでした。また「日本のこころのうた」のCDも(50部)完売。

 龍ケ崎市には故相良先生がご指導されたいくつかの合唱団があって、その方々が当日受付などお手伝いにみえていました。
かつて「相良ファミリー」と呼ばれた合唱団の方々とも久しぶりにお会いし、懐かしく思いました。

 人と人の縁というのは、何とも不思議なものですね。
そのご縁が続き、そしてまた新しいご縁が始まるというのは、思えば、人生の中で宝物です。

  

2011年10月新刊=カワイ出版
混声合唱のための「マザーテレサ 愛のことば」 
                   鈴木憲夫構成・作曲

 はじめ女声合唱曲として発表され、
多くの女声合唱団により取り上げられる機会の多い作品。
 マザーテレサの祈りの言葉を元に「Kyrie」「Gloria」などのラテン語も入っての構成。
いずれも小品で4曲からなる。

1.だれもそばにいてくれない(約3分)
2.私は一本のエンピツ(約2分)
3.私たちのしていることは(約3分)
4.主よ、今日一日(約4分)
                           初級〜中級 定価1.500円

  

                    <最近の我が家の猫事情>
  

    


 最近、部屋に上がり込んで遊んでいくコッコロです。
とてもアタマの良い猫です。家に入る時も、玄関ドアの閉まるスキに入り込んだり、
 マノンの出入りする「通用口」からも家の侵入路を覚えました。

 ただ私が近寄ると逃げます。まだまだノラ猫根性が抜けないとみえます。
マノンの反応といえば、時折、家でエサを食べていく「ハッチ」や「クック」(二匹ともメス)に対しては寛容なマノンですが、
 コッコロに関しては、「フーッ!」と威嚇行為に出ます。コッコロは「???」としています。
コッコロはオスです。しかもマノンの宿敵の「コロ」の子供です。ですから「コッコロ」。
 父親似のコッコロなんです。

 コッコロをとくに可愛がる、ことはしませんが、私は家の中で遊んでにいても知らんぷり。
マノンの機嫌をなるべく損なわないように・・・・・・・・・・。
(このところマノンは外泊をするようになりました。コッコロが原因かナ?と・・・・・・・・。)

 上の写真左は部屋で遊んでいるところ。右写真は、ソファーでこれは自分でタオルをくるんで寝ているところです。
私の演出ではありません。とにかく「賢い!」、それにスバシッコイ!。

 ハッチやクックはカメラを向けただけで逃げてしまうので、未だにきちんとした写真は撮れません。

 マノンはコッコロが嫌いなようだし、コッコロは私の家がお気に入りのようだし、これからどうしましょ!。
少しずつコッコロは私に慣れて来ているようです。近寄ると逃げますが、私の方に少しずつ近寄ってきます。

 かつて我が家に五匹もの猫が同居した時、亡き家内は一匹づつダッコをして、少しずつ全部の猫を慣らしていったことが
ありました。今それを思い出しています。
 家内だったら今の状況をどうするでしょ?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いよいよ秋です。
外の世界が美しく色鮮やかに染まりつつあります。
しかし「締め切り」を考えると、ゆっくりと外の景色を観る余裕がありません。

 そろそろストーブを出そうか、などと、考えている「寒がりヤ」のワタシです。


 HP通信NO.264/ 2011.9.7

 ウイーンから帰って1週間が過ぎました。
帰国してすぐに仙台に行ったりしましたが、さほど疲労は感じなかったつもりでも、
この1週間は比較的休養状態にしてました。

 今回の更新は前回の「ウイーン帰国報告」に加筆するかたちで書こうと思います。

 ウイーンは記録的な猛暑だったとお伝えしましたが、
私たちがウイーンを去ってから、急激に気温が下がり、最低気温が8度だったとか・・・・。
ウイーンの音楽事務所のSさん(日本人)からメールをいただきました。

 メールを受けた時、ちょうど夕食時でしたので、折り返しのメールで 
「今、私は餃子にビール、そしてそうめんを食べていましたよ。」と返信しました。
 そうしましたらすぐさま「うらやましい!!」とメールが返ってきました。
何やら余計なことを言って「うらやましがらせて」しまい、申し訳ないようなことをしたと思いました。
 ウイーンに住んでる日本人にとって、そうめんはそうでなくとも、
餃子はそう簡単には口にできないでしょうから・・・・・。

 ウイーンでは毎食「パン」。私は普段からパンはあまり食べません。
ですので「麺恋しや〜」となります。今回3度目のウイーンになりますのでカップ麺などを持参していきました。
しかし「5つ星」のホテルでしたがポットがなく、あえなく持ち帰るはめに。

 毎食の「パン」でおなかが「パンパン」(しゃれではなく)で窮屈になったころ、
ウイーン市内の日本料理店さんで「日本蕎麦」を食べました。
 何とおいしかったこと!。

  
                  
                 オペラ座でのリハーサル風景
                
 オペラ座、シェーンブルン宮殿、シュテファン大聖堂での演奏は素晴らしいものだったと前に書きましたが、
参加者からも、この1週間「大変感動のウイーン演奏旅行だった」、とのお便りやメールをいただきました。
 また此の度の旅行社「エムセック」のスタッフの方々に対しても「気持ちのこもった対応で、感謝!」とも
ありました。
 このように万事「嬉々として」終えることができたことは大変嬉しく喜ばしいことです。
   

              <ウイーンの街並を歩く>                  

 皆さんがバスで観光旅行をしている時、私は独り地下鉄に乗ってウイーンの街を歩きました。
下はその写真です。

           
      地下鉄の切符売り場。         改札はなく右に見える青のボックスにチケットを 
                             入れ、時間を刻印する仕組み。

 ウイーンの地下鉄は分かりやすいのです。日本のように複雑ではありません。
   
         
 地下鉄を出たら「下手なアコーデイオン弾き」が。    街角に出て歩いたはいいものの、途中、
                            方向が違っていたので引き返すことに。      
    
            
   ウイーン中心部にあるMozartの像       ふと振り返ったらどこかで観た顔。
                            ゲーテの像だった。      

            
       シュテファン大聖堂近く。      一番賑わいのあるケルントナー通りでの大道芸人。
                           この時準備を終えて、ここに座ったばかり。
                           この日最初のコインが私が上げた1ユーロ。
                        そうしたら上のきれいな彼女、私にウインクしてくれた。


    
     ホテルの部屋から湖が見える。               部屋から観た湖。
                                   山々が美しい。          
 翌朝、湖を前に佇んでいると、隣のホテルのテラスで男女が抱き合ってキスをしている光景が。
それがまた美しい風景の一部のようで「絵」になっていた。
 はじめ、若い男女かな、と思っていたら、熟年風カップル。

                       
                    ザルツブルクの宮殿の庭の噴水。


                                            
  

 今回はあまり写真を撮りませんでした。
せっかくだからもっと撮れば良かったカナ〜とも思いますが、
しかし、目をつぶるといろいろな風景が甦ってきます。
それと街の「匂い」。

 いずれDVDや同行のカメラマンによる映像も手に入ることでしょう。
その折にでも、またここでご紹介するかもしれません。 


      

 蝉の声も次第に弱々しくなっていきます。
ここ鳩山は夜は秋の虫の大合唱です。
 そういう季節の移り変わりを肌で感じます。
同時に、締め切りの迫っていることをより切実に感じてしまうこの頃です。

 今回はこのへんで失礼をいたします。

 HP通信NO.263/ 2011.8.29

 昨日無事にウイーン演奏旅行から帰って参りました。
ウイーンも暑かった!!
 ウイーンも記録的な猛暑だったようです。

   ・23日、ウイーン国立オペラ座
   ・24日、シェーブルン宮殿内オランジェリーの間
   ・25日、シュテファン大聖堂

 それぞれ大成功裡に終わりました。
オペラ座も超満員。チケットを取り扱った事務所には「素晴らしいコンサートだった」との賞賛の電話や
メールが殺到したそうで、この事務所ではプロの演奏会も取り扱っているそうですが、このような反響は
異例とのことでした。

             
                  オペラ座でのリハーサル風景

                出演前、ピアニストの山本晴美さんと
                  

   

 シェーブルン宮殿、シュテファン大聖堂での演奏も素晴らしく、大賞賛の嵐でした。(大げさではなく)
それだけ今回参加された方々の演奏が素晴らしかったということです。
シェーンブルン宮殿「オランジェリの間」は音響が素晴らしく、参加された6団体
 ・宇都宮市の「ミモザ合唱団」(指揮:鈴木静枝先生)
 ・京都市の「ラベイユ」(指揮:箸尾哲男先生)
 ・広島市の「アンダンテ」(指揮:中川聰子先生)
 ・熊本市の「コールいずみ」(指揮:春日信子先生)
 ・長崎市の「ヴィーニュドウ活水」(指揮:佐藤やすこ先生)
 ・鹿児島市の「さつま」(指揮:舞田靖代先生)
以上の合唱団の実力が充分に発揮された演奏で、ウイーンの聴衆を驚かせました。(これも大げさではなく)

 シュテファン大聖堂での私の指揮での演奏は今回で2度目です。
前回(2年前)の待遇も破格でしたが、今回はそれを上回る破格の待遇で恐れ入りました。
 それだけ期待をされ、歓迎をもって迎えられたということです。
関係者からも絶賛されました。
 今後、時間枠も大幅に取り、正式な演奏会として多くの聴衆を集めたい、との意向を受けました。
これも後で知りましたが、破格とのことでした。
 シュテファンでの演奏は、まず演奏者が感動してくれました。
「この場で歌える歓び」が全面に溢れた演奏となりました。
 私も感動しました。


 今回は私個人としてはあまり写真を撮りませんでした。
後日、同行のカメラマンによる写真をここでご紹介させていただきますが、
 まずはご報告としてスナップ風に少しここで紹介させていただきます。

                 

 皆さんがバスで観光旅行をしている時、私は独り地下鉄に乗ってウイーン自然史博物館、美術史美術館を訪ねました。
上左は2万年以上前の「ビーレンドルフのヴィーナス」
 日本の縄文時代の土偶と「そっくり!」。一度見てみたかったのです。12cm程度の小さなもの。真っ暗な展示室に
ひっそり2万年の時を刻んで佇む姿に感動!。
 右はフェルメールの「絵画芸術」(この絵のタイトル)。この絵も広い広い美術館の奥の部屋にひっそりと飾られていました。
フラッシュを用いなければ写真撮影OKでした。この二つは今回是非観てみたいものでした。

                  
         ウイーン街角で(ケルントナー通り)。誰も撮ってくれないので、独り撮影。


              
          6団体の指揮者の先生方と。      6団体のピアニストの皆さんと
              ウイーン市庁舎地下のレストランでの夕食会で。
    
                  
             シュテファン大聖堂での演奏を終わって。8月25日

                
 ホテルの部屋から撮影したザルツカンマーグートの湖。   城を改装したホテルでの大打ち上げ会で。


                   
                     ザルツブルグにて

  

 知らない街角に佇んで、過ぎ行く人を眺めるのが私は好きです。
外国なら尚更のことです。
 ウイーンでは大部分ひとりで歩き、時折、道ばたのカフェで最近ほとんど吸わない煙草をくゆらせながら、
道行く人を眺めていました。
 ウイーンの街は多国籍の人々で溢れかえっていました。女性も美しい!。サングラス姿が眩しい! 
行交う(ゆきかう)人々を眺めては
「どこの国の人だろう」
「どんな生活をしているのだろう」
若いカップル、熟年カップルも、幸せそうに歩いています。
つい「いいな〜!」と心の中で独り言。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 海外での演奏旅行は今回で3度目です。
演奏旅行といっても、演奏者が居るわけで、演奏者が居なかったら私は何もできません。
「私」という小さなところから始まった「音楽」が、演奏者の心を通して、
国を超えて多くの人の耳に触れ、喝采を受ける時、これまで何やら「形のない見えないもの」を
ひたすら「求め続けてきた」ものが、すこしづつ見えて来る感じがします。
 今回のツアーも約200名の皆さんが参加して下さいました。
皆さんと共に、充実した数日間を過ごす事が出来ました。
「皆さんお疲れさま〜!」そして「ありがとう!」



 8日ぶりに帰宅しました。マノンは最近、セカンドハウスを見つけたようなので、
「帰ってるかな」と思ってましたが、留守番をお願いしたTさんによると、夜は毎日帰ってきたそうです。
28日の夕方、マノンにとってのセカンドハウスのYさんが、わざわざマノンを抱っこして、我が家に連れて来てくれました。
その夜、下の写真のように、私の傍に張り付くように居るマノンです。

               


 HP通信NO.262/ 2011.8.18

 「暑中お見舞い」ではなく、もう「残暑お見舞い」の候とあいなりました。
皆様にはいかがお過ごしでしょう。

 今年のお盆はたった二日だけの帰郷となりました。 
私は月に2回のペースで仙台/利府に行きますが、その度にお墓参りをします。
 ですがお盆のお墓参りはまるでお祭りのような賑やかさです。

                
     今回写真を撮り忘れましたので以前ご紹介した「慈しみの像」を再び。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 クーラー嫌いの私ですが、やはり仕事する時はやむを得ずクーラーを付けます。
汗だくでは楽譜が書けません。五線紙が汗でびしょびしょになります。

車ではクーラーを入れずになるべく自然風を。 
 私の住む場所は熊谷(くまがや)の近く(近くといえば近く)、全国的に高気温を記録するところで有名です。
何と「鳩山町」も昨年は高気温を記録したとかでテレビで放送されたそうです。

 さすがに昼間は歩けません。35度程度なら平気ですが、連日38度ですから無理です。
そういう時は夕方歩きます。

 毎朝、必ず「みそ汁」を飲み、散歩の前には「梅干し」を食べます。
私はボーイスカウトでしたので、子供の頃、夏の強行軍の時は朝、柄杓(ひしゃく)一杯の塩水を飲まされました。
 炎天下で仲間がバッタバッタ倒れる中で、塩水を飲んだ私たちの団は平気でした。
そんな経験が頭のどこかで記憶しているのですね。
 無意識に夏は朝、必ず「みそ汁」に「梅干し」です。
 

 8月7日は茨城県の龍ケ崎市の「竜ヶ崎混声合唱団(指揮:安達陽一先生)」の練習場に伺いました。
9月25日の演奏会では私の「マザー・テレサ 愛のことば」の混声版が委嘱・初演されます。
この合唱団とは前指揮者の故・相良文明先生の時代からご縁をいただいています。
 相良先生は今から7年前に亡くなりました。たしか58歳の若さでした。
千葉を中心にたくさんの合唱団を指揮されていました。私の作品をいつも多く取り上げて下さいました。
先日は、団員の皆様と触れ、ふと相良先生のことを懐かしく思い出しました。
 演奏会では「雨ニモ負ケズ」も演奏されます。
お近くの方、宜しかったらお出かけ下さい。(詳細はコンサート情報の中に)

 
                 
          携帯での写真ですとやはりボケますね。上は練習の打ち上げ? 
         取出駅前で役員の方々と。私の後ろで膝立っておられるのが安達先生。


 
 《ヨーロッパ合唱コンサートツアーinウイーン》

 20日から28日までウイーンに行って参ります。今回は3箇所での公演です。
今回のツアーでは総合プロデユーサーをしております。もちろん、自身で指揮もします。
 参加団体は「おかあさんコーラス全国大会」に出場経験のある5団体と私の推薦の1団体。
 ・宇都宮市の「ミモザ合唱団」(指揮:鈴木静枝先生)
 ・京都市の「ラベイユ」(指揮:箸尾哲男先生)
 ・広島市の「アンダンテ」(指揮:中川聰子先生)
 ・熊本市の「コールいずみ」(指揮:春日信子先生)
 ・長崎市の「ヴィーニュドウ活水」(指揮:佐藤やすこ先生)
 ・鹿児島市の「さつま」(指揮:舞田靖代先生)
以上、総勢200名です。
   ・22日はウイーン市内で一日練習。
   ・23日、ウイーン国立オペラ座
   ・24日、シェーブルン宮殿内オランジェリーの間
   ・25日、シュテファン大聖堂

 尚、オペラ座での公演は今回、日本人で初めてです。
さらにこのコンサートは東日本復興支援チャリテイコンサート「希望の響き」と題しての催しになります。
 すでにチケットは完売とのこと。

 シェーブルン宮殿はご存知のように世界遺産です。
「オランジェリーの間」ではかつてモーツアルトとサリエリが相見(あいまみ)えた場所として知られています。
 演奏曲目はそれぞれの団体によるプログラムと、合同では日本の歌、
私の「Ave Maria」「マザー・テレサ 愛のことば」など。 

 シュテファン大聖堂での演奏は2年前、自作指揮を行いました。
以前にもご紹介したと思いますが、ドイツ・ラテン語以外の曲で、しかも作曲者指揮というのは、
 1.200年にも亘る長い大聖堂の歴史で初めてのことでした。今回、再び、この大聖堂で演奏します。
参加者にあの感動を是非味わって欲しい、ということで実現しました。大聖堂側もとても好意的でした。
(曲目は前回と同じ私の「Ave Maria」「マザー・テレサ 愛のことば」、MozartのAve verm corpus」)

 さらに打ち上げはザルツブルグのお城で大宴会!。
これまでにないツアーです。
 
 ウイーンも暑く、そして夜は寒いとのこと。
体調にも氣をつけながら楽しいツアーにしたいと思っています。
 ウイーンでの公演の様子はここでまたご紹介いたします。


 尚、Bell musica に御用の方は「bellmus2@koalanet.ne.jp」(松田)まで。

 それでは元気に行って参りま〜す。


            東日本大震災・義捐物資ご協力へのお願い 
     「音楽ほほえみ基金」では「CD/日本こころのうた」を避難所に寄贈・配布するとともに、
        下記のものも皆様のご協力をいただき、送る活動をしています。
     ○図書券 ○図書カード  その他○商品券○ビール券 などの金券

  宮城県石巻市、東松島市の「読み聞かせボランテイア団体」を通して、小中学校などに本を寄贈する計画です。
これはCDを寄贈する活動の中で、東松島市の川村隆弘氏(「教育を考える親たちの会=東松島市代表」)より、
「今子供たちに必要なもの」を、との情報をいただき、此の度の義捐物資のお願いをさせていただく事になりました。

      お手元に「図書券」や「図書カード」また「商品券」などがございましたなら、
               義捐物資として確実にお送りしますので、
    どうか「音楽ほほえみ基金」の方にお送り下さいますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。
                   送り先は下記まで。

              
           350−0321 埼玉県比企郡鳩山町赤沼736−225
              鈴木方 音楽ほほえみ基金


 以上のご案内をしておりますが、7月25日現在の、義捐物資の集まり具合の状況を中間報告いたします。

・図書券/図書カード=207.700円
・商品券=172.500円
・クオカード=20.500円
・ビール件(缶/びん)=205枚
・その他/各種ギフト券(50内)、テレカ(240枚)、切手類(5.730円相当)

 皆様のお志に感謝です。今後もしばらくは受け付けております。
ご無理のない範囲で今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。


  

 


 HP通信NO.261/ 2011.8.6

 このところ少し涼しい日が続いています。皆様にはいかがお過ごしでしょう。
いよいよ各地でNHK学校音楽コンクールの地区予選が始まりました。
 先日(8月2日、3日)は札幌で行われた地区大会に審査員として伺いました。
今年は小学校の課題曲を作曲した関係で、普段の時とはやや違い、私の中では少々盛り上がっています。
 いろいろな演奏を聴きました。同じ曲なのに様々な表現のありようを私なりに楽しみました。
審査でご一緒した指揮者の岸信介先生とは、2日夜、「すすきの」で一杯。
 すっかりご馳走になり、30年来に及ぶ想い出話は尽きませんでした。
また翌3日、札幌から一昨年ウイーンにご一緒した方々とも「すすきの」で楽しく会い飲みました。

                

        札幌大通り公園。3日の朝、大通り公園の「端から端」まで歩きました。
              ほぼ40分。この日、気持ちの良い朝でした。



 札幌には仙台空港から行きました。仙台空港が正常化したのはつい2週間前。 
仙台/利府の仕事場から空港まで車で20分ほどなのです。
とても便利です。

 久々の仙台空港でしたが、運行が正常化したとはいえ、空港近辺はまだ復興中。
空港までの道脇には山と積まれた「廃車」「瓦礫の山」など、痛々しい光景が映ります。 

              

      上の写真は空港手前。以前この風景には「民間の駐車場」が賑やかにありました。
       ところが全滅。飛行場の駐車場は「料金所」がないままですので「無料」。
  この写真を撮っている時、民間の駐車場関係者と話しましたが、10月くらいに料金所が整備されるらしいので、
               民間の駐車場もその頃を目処に復活するとか。
                「とにかく一歩一歩」という印象でした。


            

            東日本大震災・義捐物資ご協力へのお願い 
     「音楽ほほえみ基金」では「CD/日本こころのうた」を避難所に寄贈・配布するとともに、
        下記のものも皆様のご協力をいただき、送る活動をしています。
     ○図書券 ○図書カード  その他○商品券○ビール券 などの金券

  宮城県石巻市、東松島市の「読み聞かせボランテイア団体」を通して、小中学校などに本を寄贈する計画です。
これはCDを寄贈する活動の中で、東松島市の川村隆弘氏(「教育を考える親たちの会=東松島市代表」)より、
「今子供たちに必要なもの」を、との情報をいただき、此の度の義捐物資のお願いをさせていただく事になりました。

      お手元に「図書券」や「図書カード」また「商品券」などがございましたなら、
               義捐物資として確実にお送りしますので、
    どうか「音楽ほほえみ基金」の方にお送り下さいますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。
                   送り先は下記まで。

              
           350−0321 埼玉県比企郡鳩山町赤沼736−225
              鈴木方 音楽ほほえみ基金


 以上のご案内をしておりますが、7月25日現在の、義捐物資の集まり具合の状況を中間報告いたします。

・図書券/図書カード=207.700円
・商品券=172.500円
・クオカード=20.500円
・ビール件(缶/びん)=205枚
・その他/各種ギフト券(50内)、テレカ(240枚)、切手類(5.730円相当)

 皆様のお志に感謝です。今後もしばらくは受け付けております。
ご無理のない範囲で今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

  

 利府に参りますと、よく両親を連れ出して近くの映画館で映画を観ます。
最近観たのは先月「さや侍」。母の友人も誘って計4人で行きました。
 母はその日、帽子をかぶっていました。
そこでひらめきが!!
 チケット売り場から10mほど離れたところに母がおりましたので
「お母さん、帽子を深くかぶって、アッチ向いてて!(チケット売り場の反対側)
チケット売り場で私が
(母を指差して)あそこに居る人と<夫婦割引>、それと他の二人はシニア」と。
4人でしめて4.000円で映画を観ることに成功!。
 それを聞いた母。まるでスキップでもしそうな雰囲気でした。

 今回の留守中、マノンは家に居てくれました。
最近は家にいるかどうか心配です。帰ってマノンの姿を見て「ホっ」と安心。

 今月はウイーンで演奏旅行です。
その前に、少しでも家に居て作曲の仕事に精を出さねば、と思っているところです。
 今年の夏は(今のところ)涼しくて楽ですね。
ですが、こういう時こそ、油断なく過ごしたいものです。


 HP通信NO.260/ 2011.7.27

         


 先週(7月23日、24日)は岐阜市で開催された「おかあさんカンタート」に講師として参加しました。
上写真はホテルから見えた「長良川」。右は講座の模様です。
 この催しは私は今回で3回目ですが、全国から集まった皆さんの熱気でいつも大変な盛り上がりを見せます。
今回も大盛会でした。
 講師の先生は他に浅井敬壹先生、岸信介先生、雨森文也先生、松川暢夫先生。
それぞれの講座に参加者が自由に受講できるというものです。
 そして最後はその成果を披露するコンサートが。
私の講座では合唱曲集「ほほえみ」の中から「Ave Maria」「めぐりあいの中に」など全曲を演奏しました。
 今回も多くの方とお目にかかりました。
とても楽しい充実した2日間でした。

  

 前回ハッチの子供の名前を披露したばかりでしたが、残念なことに「テン」が家の近所で車の事故で亡くなりました。
とても可愛いネコだったのです。上半分クロトラ、下半分シロ。
 その日は一日中雨で、ずぶぬれになったテンの亡骸の前でハッチがいつまでも泣いていました。
そのあまりに悲しくて切ない泣き声に、私もつい「もらい泣き」を。
 ハッチとクックとコッコロは元気です。  
前回コッコロの姿をご紹介しましたが、今度はクックを何とかカメラで捉えてご紹介したいものです。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                  
              7月26日夜、酒を飲んでくつろいで私の傍で。

 先日帰宅しますとマノンはおりませんでした。夜になっても帰ってきませんでした。
最近、マノンはセカンドハウスを見つけたようです。
 約200m離れたYさんのお宅です。
お庭が広くて、きれいなお宅です。先週、Yさんが我が家に見えました。
「このネコちゃんお宅のですか?」と携帯で写したマノンを見せてくれました。
 ずーっと心配しておりましたので無事で居る事が分かり安心しました。
 
 早速Yさん宅に行き、「マノン」と声をかけましたら「ウンニャ」と言って顔を出しました。
そのまま抱っこして家に連れて帰りました。
 岐阜から帰った夜も帰って来ず「お泊まり」。きっとYさんのお宅だろう・・と。
やはりYさん宅におりました。
 その翌日、またまた抱っこして帰りましたが、途中、「歩きたい」というので、一緒にお散歩をして帰宅しました。
留守中の面倒を見て下さっている田中さんのお話ですと
「宿敵猫のコロ」がマノンの通用口から家の中に闖入したらしい、とのこと。
 きっとマノンは家中追い回されたのでしょう。室内が雑然としていた、ということでした。

 マノンにとって途端に「居心地」が悪くなったわけです。

 私が家に居る時は、マノンは上の写真のように私のそばにつきっきりです。

 
            

            東日本大震災・義捐物資ご協力へのお願い 
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 以上のご案内をしておりますが、7月25日現在の、義捐物資の集まり具合の状況を中間報告いたします。

・図書券/図書カード=207.700円
・商品券=172.500円
・クオカード=20.500円
・ビール件(缶/びん)=205枚
・その他/各種ギフト券(50内)、テレカ(240枚)、切手類(5.730円相当)

 皆様のお志に感謝です。今後もしばらくは受け付けております。
ご無理のない範囲で今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

  

 明日からまた仙台、そして仙台から札幌まで飛行機で往復です。
約1週間留守にします。
 マノンにつきましては近所のYさん宅もあることですし、田中さんも面倒を見て下さいますので、
まずは安心です。が、マノンには気の毒な1週間になるやもしれません。

 それを思うと若干気が重くなりますが、これもマノンの「猫生(ニャンセイ)」。

 子供の頃、上級生にケンカをふっかけて、逆に頭をポカポカ殴られて泣いて家に帰ったことがありました。
その時、父親がこう言いました。「やり返してこい!」と。
 握りこぶしを作り勇んで向かったものの、その「敵」はおらず、妙に安心したことを思い出します。
「コロ」なんてやっつけちまえ!、とマノンにいいたいところですけど・・・・・・まず無理かナ〜。

 さてさて今度帰る時はマノンは家にいるでしょうか。

 幾分涼しいこの頃ですが、どうかご油断なきようお過ごし下さいますよう。


 HP通信NO.259/ 2011.7.17

  
<コッコロ登場>

  
 

 ノラ猫「コッコロ」です。お父さんは「コロ」。「コロ」の子供だから「コッコロ」。
「コロ」はこの近辺のボス猫的存在。ウチのマノンも恐れをなしています。
 しかもハッチやヒッチにも見事「種付け」(品がよくありませんがこの言い方がもっとも似つかわしい。)
憎々しいヤツです。(コッコロのお母さんは「ヒッチ」と思われます。)
 コッコロは父親似、ですが何とも愛くるしい。傍に近寄ると逃げますが、とても賢い猫です。
そして食欲旺盛!。こんな「子猫のくせに」もう「マイウエイ」をやってます。 

 ところでハッチの二匹の子供にも名前を付けました。(じっとしていないので未だにシャッターチャンスありません)
「クック」と「テン」です。→「ハッチ(8)」ですから次は「9」「10」。ですから「9」をもじって「クック」。
「10」ですから「テン」。
いずれ写真でもご紹介したいものです。とてもみな可愛いのですよ。

 マノンは最近機嫌がよくありません。ハッチが家の中に入るのを覚えて(マノンの通用口を使って)
自由に出入りをするようになったので、マノンは少しスネている様子。かといってハッチを追い出す気配もありません。
 昨晩も家に帰ってきませんでした。朝方、ちょっと顔を出して、また出かけて・・・・・。
よくよく話して聞かせたいのですけど、じっくり会話をする機会がありません。
 「この家の猫はマノンだけで、ハッチや他のネコは違うんだよ」と。
今朝も「マノン!」と言って傍に寄ったのですが、私を避けてでもいるようでした。
 「猫との親睦は難しい!」

  

 7月10日は福井市で男声合唱団「ゴールデンエイジふくい」の演奏会がありました。
入団資格が60歳以上の男声合唱団。約65名。
そこで男声版「二度とない人生だから」が初演されました。(指揮:田中幸一先生)
 福井市ハーモニーホールは超満員。
コンサートの内容も「二度とない人生だから」をテーマに、実に感銘深いコンサートとなりました。
   

             

当日、新刊として即売された男声版「二度とない人生だから」 左、指揮者の田中幸一先生、右、団長の斉藤厚一さん。

 

 オリジナル料理<Somen alla Italiano>(イタリアン風ソーメン)

                   

        散歩をしながら「こういうものを食べたいナ〜」とひらめき作った一品。
          トマトホイール缶を使い、それにキュウリを食べやすい大きさに切り、
             塩、コショウ、オリーブ油、で味付けし、バジルも使い
                  そこにソーメンを入れただけの料理。
   とびきり「旨い!」という料理ではありませんが、食べていくごとに味わいが出て、清々しい夏の料理です。

 

    7月16日は尾道市での「うみフェスタ」の行事の一環で「おのみち音楽祭」に招かれました。

             
 上はイヴェントのチラシ。
「子どもとつくる歌声のまち 音楽のまち 感動のあるまち」というスローガンをもって、
 市長さん、教育長さん、教育委員長さんを初めとして、尾道市が一丸となって取り組んでいる姿に感動しました。
 おいしい「尾道ラーメン」もご馳走になり、風光明媚で穏やかな気候の尾道が大好きになりました。

 11月には女声合唱団「まどか」の客演指揮でまた尾道を訪れます。
今度は昨年のNHKTV「てっぱん」でおなじみの「尾道焼き」、今から楽しみです。

  
            
            東日本大震災・義捐物資ご協力へのお願い 
     「音楽ほほえみ基金」では「CD/日本こころのうた」を避難所に寄贈・配布するとともに、
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                   送り先は下記まで。

              
           350−0321 埼玉県比企郡鳩山町赤沼736−225
              鈴木方 音楽ほほえみ基金


 本当に多くの方々から只今、上の内容での義捐物資をお送りいただいています。
どうかご無理のない範囲でご協力下さいますよう、とお願いしているところです。

  

 今年になってから月に2度ほどは羽田空港を利用しています。  
最近、羽田空港でちょっと変わった時間の使い方をしています。
 搭乗ゲートの端から端(50番ゲート〜70番ゲート=ANAの場合)まで歩くのです。片道13分。
歩くのが好きな私ですが、この暑いのに外を歩くには勇気がいります。
 しかし空港内ならほどほど歩いても汗はかきません。
いつも50分以上、歩数にして約6.000歩。
ちょうどよい散歩コースです。

 来週は岐阜での「おかあさんコーラスカンタート」。
また多くの方とお目にかかれるのが楽しみです。

 蝉が賑やかに啼いています。
夏本番! 作曲も本番!なのに一向に進みません。
 毎年同じことの繰り返しです。
ですが、いつの間にか出来てる!。 

 風が涼しく家の中を通り抜けていきます。
ここ鳩山は昼寝には最適の環境です。

それでは皆さん、夏の暑さで体調を崩されませぬように。

       


 HP通信NO.258/ 2011.7.6

  
ちらほらと蝉も啼きだしました。鳥の声も相変わらず賑やか。朝は鳥の声で目覚めます。
時鳥(ホトトギス)の啼き方はいくつかあって楽しいものです。
 ある鳥は「ホットトギチュ」また「トッキョキョキャキョク」、またまたある鳥はそのミックスタイプなど様々。
鳩山の時鳥は「ホットトギチュ」が主流(?)かと思っていましたが、今年は多彩。

 この1週間は利府に行ったり、鳩山に居て、友人の病気見まいに行ったり、町の検診を受けたり、昨日は東京都の  
小学校音楽研究会に招かれたり、移動が少なく、比較的平穏に生活しておりました。
 作曲も開始しました。来年、奈良で初演される作品のテーマもやっと決まりました。
そのテーマを決めるだけでも約半年。今、テキストの見直し、また自身の詩も書き直したりしているところです。

 連日の暑さですが、歩いています。
「こんな暑いのに!」と思われそうですが、自然の中を歩きますと涼しいのですよ。汗もかかぬほど。
高台に立つと、涼しい風に心も広々としてきます。

 ハッチとヒッチは相変わらず我が家に入り込んではエサを食べていきます。
ハッチには2匹の子猫がいる、とばかり思っていましたが、実は3匹居て、その一匹が車に轢かれたのだそうです。
 その亡骸の傍らでハッチがずーっとそばを離れず泣いていた、と田中さんから聞きました。
ハッチの悲しさはいかばかりだったことでしょう。その後、田中さんが自分の家の庭に埋葬したとのことです。
 それは先週、私が帰宅する前の日のこと。

 ハッチ、ヒッチはいつも我が家の周辺に居ます。子猫たちも時折見かけます。
ご紹介したいのですけど、なかなかシャッターチャンスがありません。
名前も付けました。いずれ写真で紹介するときにでも公表しましょう。

  
 
            東日本大震災・義捐物資ご協力へのお願い 
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        下記のものも皆様のご協力をいただき、送る活動をしています。
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      お手元に「図書券」や「図書カード」また「商品券」などがございましたなら、
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    どうか「音楽ほほえみ基金」の方にお送り下さいますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。
                   送り先は下記まで。

              
           350−0321 埼玉県比企郡鳩山町赤沼736−225
              鈴木方 音楽ほほえみ基金


  

 上でお願いした義捐物資が少しずつ集まっています。
毎日、毎日、少しずつ集まってきている品々を見て、皆さまのご好意に嬉しく心から感謝しているところです。
 いずれここで皆さまには「結果」をご報告したいと思っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私は夏になると白のスーツの上下を着ます。人様は「おシャレですね」と言って下さいますが、実は無精から
出たことです。「何を着ようか」考えずに済むからです。
最近、その白のスーツにあるものが加わりました。
  

                 

 ご覧の通り、アンパンマン勲章です。以前にご紹介いたしましたが「やなせたかし先生」から頂戴したものです。


 10日程前のことです。こんなことがありました。
電車内でつり革につかまり立っておりましたら、私の前に座った母子連れの男の子がこの勲章に気づいたらしく、
母親にこのことを伝えようとしています。
 私の出で立ちは「上は白、下も白」革靴まで白。その時は赤縞のシャッツを着ていました。おまけにサングラス。
ついでに、真っ赤な派手なキャリーバックも足下にありました。
 子供のサインを受けた母親が子供に「分かったからあまり見ないように」とでも言っているようでした。
相変わらず気になって私を見る少年。その何とも言えない「緊張感に耐えれなくて」私は反対側に移動しました。
思い返すとふと笑いがこみ上げてきます。
 どこに行ってもこの「アンパンマン勲章」は子供たちに羨ましがれます。得意顔満面の私です。

 また週末から福井、そして来週は広島と旅が続きます。
いつものように「白」を着て、アンパンマン勲章を胸に、またどこかでさきほどのような物語があるやもしれません。

 当分、私の内で「大流行り」の「アンパンマン勲章」です。


 HP通信NO.257/ 2011.6.26

                 
  
             
我が家の玄関脇の「紫陽花」(左、6.15/右、6.26写す)

 先週17日から長野県/諏訪へ。夜、諏訪合唱団(指揮:宮下荘治朗先生)の練習にお邪魔し(11月のコンサートで
「二度とない人生だから」が演奏されます。)
18日は諏訪周辺の小学校23校が参加してのNHK課題曲の講習会。
19日は神奈川県の麻生区の合唱祭の講師、20日は午前コールベル、午後から鹿児島へ。
 21日、コール明和(指揮:田丸寛先生)の練習場へ。(来年2月のコンサートでは「民話」などが演奏されます。)
 午後、ウイーン公演の練習で鹿児島の女声合唱団「さつま」(指揮:舞田靖代先生)の練習に立ち会いました。
そして24日25日は富山市でのNHK課題曲の講習会。(主催:「とやま合唱創造」代表:中村義朗先生。)
 移動の多い忙しい1週間でした。
しかし、それぞれ各地で親しくしていただいている先生方と酒を飲みながら歓談をし、楽しいひとときを過ごしました。

 そして本日26日、久々に日曜日、家に居てノンビリしています。

 いつものことですが、朝、6時くらいになるとマノンに「足を噛まれて」いったんは起きます。
そしてマノンとノラ猫ハッチ、ヒッチに「ご飯」を食べさせてからまた寝ます。マノンもまた一緒に寝ます。
 いつもは少し朝寝を楽しむのですが、今朝は違いました。
階下で猫の鳴き声と一緒に「パタパタ」という音が。(朝方ベランダの戸をうっかり開けたままにしたものか)
 何とハッチとハッチの子供たち2匹が家の中で「あっち行ったりこっち行ったり」してました。
ハッチが夢中で追いかけまわしていました。私が子猫に近づくと「フー!!」と威嚇。子供を守っているのですね。
 子猫たちの何と可愛い事。
しかし私が傍に寄ると一目散に逃げます。床は「木」ですのでうまく走れず、あっちにぶつかり、こっちにぶつかり、
(私はそれを声を上げながら笑って見てました)
一匹は風呂場に迷い込み、風呂桶(水なし)に入って、もがく!もがく!必死の形相!。
 持ち上げて助けましたが、痩せた身体、まだ毛も生えそろっていないガラガラとした手の感触がありました。

 ハッチが二匹の猫の後を必死で追いかけています。その姿も愛らしいものでした。
ハッチの「お母さんぶり」を見せてもらいました。
 いつのまにか外に出ていってしまいましたが、ハッチが活発に動き回る子供たちを一生懸命に引率している気配が
しばらく庭周辺にありました。


 昔、我が家で猫が6匹産まれたことがありました。そのうち3匹が、ある日親猫と一緒に家からいなくなりました。
これは想像なのですが、親猫のジャコちゃんという猫が子猫を追い回しているうちに家に帰れなくなったのでは、と
家内と話したことが思い出されます。
 ハッチの子供も今そういう活発盛りな時なのでしょう。

 あの子猫たちの様子から見て、やはりノラ猫性分?
今朝はちょっとした騒ぎでした。
 また遊びに来ないかナ〜と思っていますが・・・・・・。

  
 
            東日本大震災・義捐物資ご協力へのお願い 
     「音楽ほほえみ基金」では「CD/日本こころのうた」を避難所に寄贈・配布するとともに、
        下記のものも皆様のご協力をいただき、送る活動をしています。
     ○図書券 ○図書カード  その他○商品券○ビール券 などの金券

  宮城県石巻市、東松島市の「読み聞かせボランテイア団体」を通して、小中学校などに本を寄贈する計画です。
これはCDを寄贈する活動の中で、東松島市の川村隆弘氏(「教育を考える親たちの会=東松島市代表」)より、
「今子供たちに必要なもの」を、との情報をいただき、此の度の義捐物資のお願いをさせていただく事になりました。

      お手元に「図書券」や「図書カード」また「商品券」などがございましたなら、
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 上でお願いした義捐物資が少しずつ集まっています。
毎日、毎日、少しずつ集まってきている品々を見て、皆さまのご好意に嬉しく心から感謝しているところです。
 いずれここで皆さまには「結果」をご報告したいと思っています。
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 前回の更新で「食べ方の所作」から「想像力」について書きました。
やはり「想像力」は大事ですね。
「20世紀で偉大な芸術家は?」と聞かれれば私は迷わず「チャップリン」の名を挙げます。
映画「ライムライト」の中でチャップリンがこう言っています。
「人生にとって何が大切か?」という問いに対して、
「勇気と、ほんの少しのお金と、〜〜想像力かな?」と。(正確ではないと思いますが)

 国会では70日間会期が延長されたそうです。
会期が「一日」のびると経費が「一億円」かかることを皆さまはご存知でしたでしょうか。
 それについて政治家はどう思っているのでしょうか。こういう時期にです。 
残業手当などない多くの人々にとって、政治家は「何とイイ商売なのだろう」と思ってしまいます。
 そしてすぐ「解散」「総選挙」を口にします。。
「選挙」にどのくらいのお金がかかるか政治家は知っているだろうに。

「親方日の丸」という言葉を最近耳にしなくなりました。
少なくとも今の政治にはまだ「親方日の丸」が息づいているようです。

「想像力」とは大層なことではありません。日常でも多く関わることです。
言葉を換えれば「相手の立場になって」考えることです。
「こうすれば〜こうなる」ということです。
さきほども車で買い物に出て駐車場を出る時のことでしたが、私の車が出やすくするために間隔をあけてくれれば簡単
に済む事なのに、相手の車が動こうとしません。そのために手間取りました。
 こんな些細なことは日常茶飯事です。

 想像力を働かせることによって、この世の中、随分と快適になるに違いありません。
人ごみの多いところで、キャリーバックをズルズルと引きずって歩けば怪我をする人もいます。
 相変わらず携帯電話で大声で話す人もいます。
電車内でヘッドフォンから大きな音がこぼれていれば不快に感じる人も多い筈です。
 同じく電車内で「何とまあ大きな声」で話す人もいるものかと驚くこともあります。

 それらを一言で締めると「男でも女でも」それは<美学>かな、と私には思えます。
「躾(しつけ)」という字は「身」を「美しく」という意味からできています。
突き詰めるといつも自身の姿を鏡で見させられているようなものです。
「で、それって自分で格好が良いと思う?」ということになります。

 まあ、せめて私は、自身で格好良い姿を、自身で見ようと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 各地に行きますと、初めてお会いする方からでも「マノンは元気ですか?」とお声をかけていただいたりします。
マノンも「有名人」ならず「有名猫」になったものです。
 また知人友人から「マノンによろしく」とよく言われます。
私はよくマノンに話しかけていますが、ネコって、人間の言葉が分かるかもしれませんね。
イヤ、言葉ではなく何となくその意味が分かるのでは、と思います。

 今朝の「子猫物語」、マノンはそういえば、目をまんまるにして子猫たちを見てました。
思い出しますと笑いがこみ上げてきます。
 今度またこんなことがあって、いつの間にかその子猫たちに名前がついていたりして・・・・・・。

ちょっと楽しみなことになりました。


 HP通信NO.256/ 2011.6.15

                    

                 
我が家の玄関脇に可憐に咲き始めた「紫陽花」(6.15写す)

 6月に入ってから「NHK課題曲の講習会」(東京)「ウイーン公演の練習」(宇都宮)などで慌ただしくしておりました。
仙台/利府にも行きました。
 先日利府では面白いことがありました。
母が私が子供の頃着ていた服をまとめて取っていてくれたものを見せてくれました。
 小学校入学の時に着た服、ボーイスカウトの制服、中高生の時着ていた学生服などなど。
試しに中高の時の学生服のズボンをはいて見ましたら、何と、楽々と入るではありませんか!。
これには驚きました。まだまだはけるようでしたのでひとつ持って帰りました。
 母親の思いの込もった品々でした。静かに感動をしました。

  
 
            東日本大震災・義捐物資ご協力へのお願い 
     「音楽ほほえみ基金」では「CD/日本こころのうた」を避難所に寄贈・配布するとともに、
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  宮城県石巻市、東松島市の「読み聞かせボランテイア団体」を通して、小中学校などに本を寄贈する計画です。
これはCDを寄贈する活動の中で、東松島市の川村隆弘氏(「教育を考える親たちの会=東松島市代表」)より、
「今子供たちに必要なもの」を、との情報をいただき、此の度の義捐物資のお願いをさせていただく事になりました。

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 利府に帰るといつも塩竃神社に徒歩で参ります。往復約90分、1万歩です。
その折、子供の頃から親しんだラーメン店「来々軒」に立ち寄るのが楽しみとなっています。
透明な魚だしのスープです。
 いつも混んでいるものですから「相席」になることが多く、知らず知らず向かい側に座って食べる人の食べ方を
見るではなく自然と観察してしまいます。
 ラーメンの食べ方もいろいろあるものですね。
その人の性格が分かりそうに思えてきます。

 戦国時代の世、ある国主が息子と朝食を取っていた時の話です。
息子がご飯に汁を数度に亘ってかけて食べているのを見て、その殿様はこう思ったそうです。
「我が家もあと三代で朽ちるであろう」と。
なぜなら「毎日、三度三度の食事をしていて、ご飯に汁をかける量を計れないようでは、国を守り、
多くの家臣を率いていく資質に欠ける」ということらしいのです。
 その通りに、三代後にはその国は滅びたということです。面白い逸話です。

 ラーメンの食べ方を見てますといろいろの食べ方を目にします。
・箸で麺を何度もなで回すようにし、麺を<すくう>回数が一度ならず数度、やっとのことで麺を口に運ぶ人。
・たくさんの量の麺を口に入れたはよいものの、口に入りきらずに、ボソっと歯で残りを噛み落とす人。
・麺を食べるように箸を使いながら、途中で気が変わったかしてスープを飲む人。
なかなか状況を言葉では表現できませんが、いろいろの食べ方があるものです。

 私は、といえば
・軽くスープを飲み、一箸で適量に麺をすくい、スルスル〜と食べる。それを淡々と繰り返すのですから、
結局、食べ終わるのが他の人より早いくらいです。決して「早食い」ではなくてです。
(麺はこんな具合に食べなくちゃ、と「ひとりごち」ています。)

 上の戦国時代のお話は簡単に言えば「想像力」の問題です。 
「こうすれば〜こうなる〜」という簡単なことがいかに大切であるか、ということです。
人の生活にとっても、政治ということに置き換えてみても、それは同じです。
 かつて太平洋戦争開戦時に指揮をした山本五十六が「勝てない国と戦いをするのだから、ほどよいところで和平に」と
考えていたようですが、当時の軍閥政治家がそれをしなかったため、悲惨な敗戦を迎えたことは周知の通りです。

 食事の仕方を見て、将来を憂えた戦国武将の見識は卓見というべきものでしょう。
我が国の総理大臣をはじめ、政治家の皆さんはどんな「食べ方」をするのか、是非見てみたいものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 最近、ノラ猫ハッチとその姉妹と思われるヒッチが毎日のように、エサをねだりにきます。
その時の声といったら悲壮感さえ漂っています。
 エサ代もバカになりません。ハッチとヒッチの食べること食べること!。
彼女等には赤ちゃんがどこかで待っています。その赤ちゃんのために必死で食べているのでしょうね。
 今は、彼女等用に「お徳用大袋」のエサを用意しています。

 マノンは小食です。いつでも食べられるからでしょう。見ていると、少しずつ食べています。
デモ太っているのです。ハッチとヒッチより。

 マノンは彼女等がエサを食べていてもただ見ているだけです。 
マノンはホントいいヤツだな〜って思います。 
          
 いずれハッチとヒッチの写真をご紹介できればと思っています。
   

 HP通信NO.255/ 2011.6.5
 
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  宮城県石巻市、東松島市の「読み聞かせボランテイア団体」を通して、小中学校などに本を寄贈する計画です。
これはCDを寄贈する活動の中で、東松島市の川村隆弘氏(「教育を考える親たちの会=東松島市代表」)より、
「今子供たちに必要なもの」を、との情報をいただき、此の度の義捐物資のお願いをさせていただく事になりました。

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 梅雨になりました。 
この時期になると毎年決まって言うダジャレがあります。
「さあ、梅雨に入りましたね。こういう時、唄う歌ってなんでしょう?」
「・・・?・・・・?・・・・・?・・・・・・」。
<ハッピバースデイ ツ〜ユ〜>
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」。
しかし反応はいつもイマイチ。
なのに毎年言っています。
 私は面白がって結構気に入っているのですが、そろそろ私の「ダジャレ・リスト」から外そうかナ・・・・・、
と思っているところです。



 5月31日から「広島」「京都」「大阪」「東京」と5日間、旅の空の下でした。
8月のウイーン公演や年末の客演指揮のための練習、それと演奏会、講習会などでした。
 指揮をしたのは4団体、人数およそ150人。
また演奏会や講習会ではほぼ1.500人の方々とお目にかかったことになります。

 6月3日は「関西学生混声合唱連盟」の演奏会の合同ステージで「地蔵礼讃」が200人以上の合唱で演奏されました。
指揮は当間修一先生。当間先生には幾度か「地蔵礼讃」を指揮して頂いています。
 私の20代の作品。今から30年前の作品です。
演奏は素晴らしいものでした。感動しました。
「いつどこで演奏されるか分からない」この作品を「たっぷりの時間をかけて」作曲していた往事を思い出します。
 その前日には「永訣の朝」を指揮しました。年末の「コールやましな」(常任指揮者:箸尾哲男)でのコンサートで客演指揮
することになっています。その作品も今から37年前の作品。
 まるでアルバムをめくるように、様々なシーンが思い起こされます。
「懐かしい」の一言では言葉足りません。
まるで映画のワンシーンを観るように、鮮やかにその折々の場面が甦ってきます。
 どのシーンにも亡き家内の姿があります。
私の若い姿があります。
「30年!」光陰矢の如しです。

 各地でたくさ〜んおいしいものをご馳走になり、いつもながらやや「太め」になって帰ってきました。
家での食事は「粗食」もいいところです。
 外食はせず、自身で毎食作っていますが、いつの間にか「おいしい料理」とは縁遠くなりました。
昔は来客も多くせっせと手料理をご披露、自慢したものですが、今の家には来客はほとんどなし。
 いつしか「おいしい料理」から「身体に良い料理」へと変わり、今の私の料理と言ったら
「味も素っ気もない」ものです。
デモ身体に「とても宜しい!」のです。

 家に居る時はなるべく歩き、粗食をし、健康そのものです、が、外に出た時は各地での「おいしいもの」を
「楽しくおいしくいただく」ということを繰り返しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 4日夜、帰宅すると玄関にマノンがお迎えに出てはくれましたが、何と「目も合わさない」、「マノン!」と呼んでも
振り向きもしない。

            

   私のベットで寝るマノン。最近、私の足下でこのように「大きな態度」で寝るようになりました。
    ですから私はマノンの邪魔にならぬようにエビのように丸くなって寝ているわけであります。
            時折、足がマノンに触れると、私の足を「噛みます」。
            そうして朝6時頃、必ず私を「噛んで」起こします。
 マノンにすれば一年中家にいるわけですから、たまに帰って来る私は「居候(いそうろう)」に思えるのかもしれません。

 先月はわずか8日しか家に居りませんでした。今月もまたあちらこちらに出かけます。
作曲もしなければなりません。
 そのうちに蝉が啼きだし(毎年そうですが)締め切りという凶器を背中に突きつけられ、「冷や汗」がタラ〜っと
今年もまた流れそうです。
 ですが、なにせ健康第一!。
 そのように自身で気遣わねばならない「歳」になったということです。
皆様にもどうかお健やかでお過ごしになられますように。

 HP通信NO.254/ 2011.5.23

 
前回の更新時よりずーっと体調を崩したまま、あちらこちらに出ておりました。
14日から宮崎市だったのですが、15日の宮崎県合唱連盟の「NHK課題曲」の講習会では「ガラガラ声」。
聞き苦しい声で皆さんには大変失礼をしました。
 講習会は午前、午後とあり、後半では幾分声も出るようになりました。
これまでも良くないコンデションでの本番はいくつもありましたが、そういう時は辛いものです。
               
            
     14日、宮崎県合唱連盟の皆さん、そして当日参加された小学校の先生方と夕食会。

 しかし、本番をやっていく中で良くなっていったこともしばしばあります。
幾分「熱」があって立ったステージでも、終われば「熱」も下がっていたり、極め付けは4年前の 
チェコ/スメタナホールでの演奏会。 
 日本を出る前から喉が腫れて、モノも喉を通らないほどの「重症」でした。が、本番で「般若心経」を指揮し、
終わってみればあれほど苦しんだ喉の腫れも痛みもなくなっていました。
 指揮をしながら「大きな光」に包まれるような経験をしました。ウソのような話ですが、本当です。
まさに「小さな奇跡」でした。


 宮崎から帰ってすぐ仙台へ。そして20日、山形の「山辺女声合唱団」(指揮:吉田ユカリ先生)の練習にも
立ち会いました。
 素晴らしい「レモン哀歌」を聴かせていただきました。練習は夜9時半に終わり、それから皆さんで
軽く「宴会」。(今回は写真を撮るのをうっかりしました)充実した合唱を聴かせて頂き、宴会もいつもながら
楽しいものでした。

 22日は大泉学園で行われた「コーロ・ヴェリタ」(指揮:大久保眞先生)の演奏会にお邪魔をしました。
「鈴木憲夫の世界」と銘打って下さり「二度とない人生だから」と私の歌曲「縁」を大久保先生のバリトンソロ、
合唱で聴かせていただきました。熱心に取り組んで下さり感激でした。
(打ち上げには失礼したのでこれも写真は撮りそびれました)そしてその晩は市川市へ宿を取り、翌朝コールベルの練習。

 この10日間はそんな生活でした。今月に入ってほぼ5日しか家にいないことになります。
マノンは心なしか「無愛想」。そして機嫌がよくありません。
 しかし留守をして下さる田中さんのお陰で、マノンには「ご飯食べ放題」「わがまま言い放題」。
何ともうらやましい待遇だとは思うのですが、マノンにとっては「ご不満のご様子」。

 ネコには家事仕事もなし、勉強も仕事もなし、寝たい時に寝れて、「ネコにな〜りたい〜〜」です、ホントに。



 前回、東北大震災の救援物資について触れましたが、改めまして皆様にお願いを申し上げます。
これまで救援物資を「どのような方法で」「何処に」「何を」「どのように送れば良いか」調べてきました。
救援物資はところによって余っています。時期的に必要のないものもあります。
 幸いに松島市、石巻市、などを中心にボランテイア活動をされている「川村さん」を知り、彼との話あいの中で
「何が今必要か」を教えてもらい、以下のものを送ることに致しました。

          ○商品券 ○図書券 ○ビール券 ○お花券 などの金券

 一口に救援物資と言いましても、現在必要なものを適量に送る、というのは難しいことです。
ですが「金券」ならばそれを多いにお役に立てることができます。
 まだまだ「避難所」で生活して居られる方々に少しでもお役に立てることができればと思います。
もしお手元に「商品券」や「図書券」まどありましたら、どうか救援物資として確実にお送りしますので、
「音楽ほほえみ基金」の方にお送り下さいますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。
                   送り先は下記まで。

              
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              鈴木方 音楽ほほえみ基金


「音楽ほほえみ基金」としまして以後継続して「CD/日本・こころのうた」の寄贈も続けて参ります。
どうかご無理のない範囲で、上でのご協力をどうぞ宜しくお願いいたします。



                 <記念番号220.000万番突破!>

 記念番号220.000番をゲットされたのは青森市の山田マリ子さん。山田さんは200.000番も取られました。
記念品としてご希望のものをお送りしようと思います。
 おめでとうございました。そしてありがとうございました。



 体調はずいぶん回復してきました。
しかし目の前の仕事が気になりますし、また来週からは家を空けます。
まずは体調の管理。それから少しずつ仕事を考えて行こうと思っています。
せいぜい「マノン」を見習うことにしよう!っと。

 HP通信NO.253/ 2011.5.12

 
震災からまる2ヶ月が過ぎました。あっという間の信じられない時間が過ぎました。
私は2回仙台に行きました。実際に自分の足で被災地に立ち、かつては美しかった海岸とその現在の姿のギャップに
言葉を失ったものです。その当時「さだまさし/防人の詩」の編曲(男声版)をしていました。
 この「歌」は「鎮魂歌」です。「どのような編曲にしようか」考えていたところでした。
あの風景を肌で感じながら、自身で沸き立つ思いをこの編曲に託しました。
「さだまさし男声合唱曲集」は市川男声合唱団の委嘱で完成し(全5曲)、今年11月の演奏会で初演の予定でしたが、
合唱団の強い希望で「防人の詩」のみ5月29日の千葉県合唱祭で発表されることになりました。
 私の被災地での思いを皆さんは引き受けて下さったようで、嬉しくそして楽しみです。

               
                 天然記念物/塩竃神社の「塩釜桜」

 5月の連休中は仙台/利府におりました。5月3日は私の誕生日。多くの方からお祝いメッセージを頂戴しました。
「満58歳!」。子供の頃には想像し得なかった「歳」です。
この連休中、近所の避難所を訪れました。
 救援物資について「その内容」「方法」などを知りたかったのですが、残念ながらしっかりとしたお答えは
ありませんでした。
 幸い、私の知人でボランテイアで救援物資をまとめ、実際に活動されている「松島市の川村さん」を通して、
「音楽ほほえみ基金」のCDも数カ所に寄贈して下さっています。
 一口にボランテイア活動、また救援物資を送る、といっても、現状は大変のようです。
ただ送れば良い、というものでもありませんし、ボランテイアの方々の好意にただただ甘んじていい筈はありません。
 そういう「道筋」をきちんと作るのも本来、行政の仕事の内です。
ですが、いろいろ聞き回ってようやく情報などを得るような状態です。

 また原発の事故に際しても「これほどの危機的状況」なのに、東電の処置を眺めるのではなく、
「国が専門プロジェクトチーム」を作り対処できないものか。
また海外旅行の際、飛行機内での機内食は、放射能を危惧して日本からの持ち込みではなく、途中韓国などに立寄り
そこで調達するとか聞いています。そういう風評被害も政治の努力のなさが伺い知れます。

 救援物資については受け入れ先や、その内容など、少しずつ具体的に私なりに情報を得ているところです。
近いうちに皆さまにお伝えしたいと思います。
 出来る範囲内でご協力を賜ればと思います。


 7日から10日まで長崎、熊本に居りました。

                  
    長崎では8日「シニアコーラスフェステイヴァル in 長崎」が行われ、その講師として招(よ)ばれました。
              上の写真は長崎名所のひとつ「眼鏡橋」のたもとで。
    向かって左・長崎県合唱連盟理事長の松川暢男先生、右が合唱指揮者の猿渡健司先生(8日写す)

 フェステイヴァルには九州各地より35もの団体が集いました。以前にも同じ会に伺ったことがあるのですが、
    レヴェルが高いことに改めて驚き!。聴衆の皆さんの熱心に聴き入る姿もまた印象的でした。
          上の写真は会場の市民会館から地元居酒屋さんに移動する途中。
           その後、役員の方々と美味しい料理とお酒をいただきました。



 私は長崎が今回初めてです。ですから7日に長崎に着いてから早速に歩きました。
まずはホテルの隣にある「グラバー園」を見学。
 9日は午前時間があったものですから、徒歩で40分以上かけて「亀山社中」(坂本龍馬が長崎で本拠を置いた場所)
まで行き、そこから「平和公園」までやはり徒歩で。結局1万6千歩も歩いてしました。

                 
                   亀谷社中にて。
  ガイドのオジサンが頼みもしないのに、さあ「刀を持って」「坂本龍馬をバックに写真を撮りましょう」と。
           いわれるままにぎこちないポーズを取っての記念撮影。

「原爆の落ちた地点」を見てから平和像のある公園へ。
 いつの時代も平和を願いながら、同じことの繰り返し。先日の「ビンラデイン殺害」にしてもアメリカ国民は
喝采して喜んだようですが、これはまた次の不幸の始まり、とも言えます。
 いつも「正義は我にあり」とするアメリカは私は好きになれません。
広島、長崎の原爆に際してもそうでした。「正義は我らに」という彼らの思想からは「平和は縁遠い」ものです。
 一概に「平和は東洋思想から」と言いくるめるつもりはありませんが、
少なくとも「仏教」で戦争を起こしたという話は聞きません。
「仏教」には「(仏を)信じる、信じない」は論点にありません。常に我々の内に「仏性」が「具わっているもの」と
 考えるからです。ですから「(神を)信じるか、信じないか」が論点、論争の西洋の「神」とは
自ずと性格が異なります。
「平和は東洋思想から」という理由はそういうことからです。
 そんなことを考えながら「平和公園」を歩き「平和祈念像」を見、帰りは路面電車で乗り継ぎ、
ホテルまでたどり着き、ようやく「長崎ちゃんぽん」にもたどり着きました。

 午後はこの8月にウイーンにご一緒する長崎の女声合唱団「ヴィーニュドウ活水」(指揮:佐藤やすこ先生)の皆さんの
練習場にお邪魔をし、ウイーン公演の練習を。
 この公演には日本各地から6つの団体が集まり、それぞれが演奏する他に、私の指揮で
「Ave Maria」「マザーテレサ愛のことば」を演奏します。その練習でした。
練習場所が「オランダ坂」を上った「活水女子大学」の中。

 練習を終えてから電車で熊本市へ移動。
途中九州新幹線に取り次いで熊本に入りました。

       
         九州新幹線の内部。右はその椅子。広々としてきれいな車内でした。

 熊本では10日午前、やはりウイーンに参加する「コールいずみ」(指揮:春日信子先生)の練習に伺いました。
前日の長崎の「ヴィーニュドウ活水」同様、おかあさんコーラス全国大会に出場するだけの実力をいかんなく
目の当たりにしました。
 ウイーン公演が楽しみです。

 一昨日、夜遅くに帰宅。
昨日(11日)、このホームページを更新の予定でしたが、疲れて一日休養の日にしました。
今回は長崎で「頑張り過ぎ」で歩いたせいもあるかもしれません。

「ハッチ」の報告もしなければなりません。
ハッチの「オナカ」がしぼんでいました。ということは既に「お産」が終わったということ。
 相変わらずご飯だけは食べにきます。子供はどこにどうしているのでしょう。
このホームページでもずーっとハッチの様子をお伝えしてきましたが、とにかく無事(?)出産の様子。
 まずはご報告まで。

 明後日からまた宮崎に行きます。来週は仙台、山形です。当分留守にします。
いつもながら留守をして下さる田中さんはマノンの世話のみならず、家の掃除までこまめにして下さいます。
 本当に恐縮です。
マノンも何とか留守番してくれます。
 ハッチとはどんな話をしているのでしょうか。
ハッチの子供たちの顔を見たいものですが・・・・・。
 いずれ連れてくるやもしれません。
その時が楽しみです。

季節の変わり目、どうか皆さまにはご自愛のほどを。



 HP通信NO.252/ 2011.5.1

 
5月に入りました。「もう5月!?」という感じです。4月は仙台・利府に2週間も滞在するなど、
考えてみれば慌ただしい「月」でした。

 今、鳩山は新緑に輝いています。

                 
              いつもの散歩コースの八重桜のアーチの小径


 散歩をしていると、ウグイスの啼き声が聞こえます。
「ホ〜ホケケッケキョ」とか「ホ〜ケキョケキョ」など〜〜まだ「未熟(?)」なウグイスの啼き声に
いつも思わず笑ってしまいます。
 ウグイスはまだ「学習中?」。
自然のものすべてが新しい世界に息づいています。
 5月はそういう季節なのですね。私の大好きな季節です。

 
 鳩山は静かです。マノンも静かです。ですから聞こえるのは風の音と鳥の声くらいなもの。
そういう静かさに慣れると、電車の中や世間の喧噪は妙に気を「逆なで」します。
 しかし最近は気にせずようにしています。
が、どちらかというと「人の態度」というものが気になると言えば気になります。
電車のイスに座っていると
「ドッスン」と体重をかけて荒々しく座る人、相変わらず「携帯」であたり構わず話している人、
大声で話している人、タバコをポイ捨てする人・・・・・・・挙げればキリがありません。

 私は「伊達政宗の家訓」というものが好きです。それにはおおよそ次のようなことが書かれてあります。
「〜〜この世には客に来たと思え。朝夕の食事はたとえうまからずとも、ほめて食べるべし。
元来客の身なれば好き嫌いは言わぬがよい。〜〜〜」などなど。
 何と達観した見識でしょう。
上で書いた日常のことは些細なこととしても「一時が万事」。
 社会や自然に対しても「我が物顔」で闊歩(かっぽ)している人の様が、原発にしても、こんなにも世の中を騒がして
いることを思うと、上のこの言葉は至言と言うべきです。
 そういう視野でモノごとを観ると、たとえ日常の些細なことでも人の横柄さというものが目につきます。
謙虚という言葉は「客としての分際をわきまえよ」ということに通じると思います。
人と人との会話でさえもっと違った色合いを持つことでしょう。
 ついでに「家訓」をさらにご紹介すれば、
「気長く心穏やかに、万事に倹約をもってすべし。倹約とは不自由を忍ぶにあり。〜〜今日という日を無事に
送り、子孫兄弟によく挨拶をし、<娑婆(しゃば)の御暇(おいとま)申すがよし>」。。。。。
 伊達政宗という人は「戦国時代の雄」としてその果敢さが印象的ですが、
反面、何と洒脱な人であったかが伺い知れます。

「この世には客に来たと思え」・・・・そういう目で、そういう心持ちで、過ごしたいものです。


 4月23.24日は下関に居りました。下関少年少女合唱隊の主催「NHK課題曲」の講座が催されました。
参加者は学校の先生方およそ50人以上、小学生の生徒さん約300人。
とても皆さん熱心でした。楽しい会でした。
 この講習会では私の「小さな神さま」より4曲が演奏されました。
下関少年少女合唱隊とはご縁が深く、「みすゞこのみち」「みすゞのそら」など委嘱・初演いただいています。
 当時の指揮者:原田博之先生、ピアニストの長久登起枝さんと久しぶりにお目にかかれたことも、
懐かしく嬉しいことでした。

               
       下関少年少女合唱隊の指揮者:能野先生、ピアニストの春山先生と。



 明日(2日)からまた仙台。そして今月は家に居る日は10日あまりほどしかありません。
目の前の締め切りのものを見据えながら、各地に出かけることになります。
 そこで家に居る時は連日1時間以上歩いています。
ほんの少しスリムになりました。
 今月も慌ただしい月になることでしょう。

 ハッチは相変わらず「大きなおなかを抱え」ご飯を食べにきます。
まだノラ猫根性丸出し、私を未だに警戒しています。
 オナカを空かしてガツガツ食べている姿は何とも哀れに思えます。
オナカの子供の分まで食べているのでしょう。
 ハッチにとっては「初産」のようですが、何処で「お産」をするのでしょう。
無事に産んで、いつかその子供たちを見せてくれる日を楽しみにしています。
 マノンはその時・・・、まるでお父さんのように可愛がったりして・・・・。
その時が来たらこのHPでも是非ご紹介したいと思っています。
 
 季節の変わり目、どうか皆様にはご自愛下さいますよう。



 HP通信NO.251/ 2011.4.22

 桜が散り、八重桜が咲き出しました。桜が満開の候となりますと例年なら心が浮かれるのですが、
なぜか今年は、目で楽しむ程度でした。

 只今、鳩山町では「町議員選挙」のまっただ中。小さな町に毎日「候補者の名前の連呼」が
こだましています。
 名前を連呼して果たしてどれだけの効果があるのか、当事者方々は信じて「選挙車」に乗っているのでしょうが、
見も知らぬ人の名前を聞かされても、こちらは「ピクッ」ともきません。

 テレビでは、震災復旧の様子が伝えられています。
次から次へと、様々な問題が沸き出すように溢れ出ている感じです。
 政治家の方々もきっちりとお仕事をされていると思いますが、「元気で頑張ろう!」という世相の勢いからすると
どうも政治家の「鮮度の低さ」(活きの悪さ)が気になります。
 政治家は国民のリーダーなのですから、こういう時こそリーダーシップを発揮してもらいたいものです。
リーダーシップとは「この人となら一緒に頑張れる」また「この人のやることならついて行く」と
思わせるものです。政争に関しては(見ていて恥ずかしいくらい)「元気」な姿を見せる政治家ですが、
国民の先頭に立って「やるゾ〜!」という気迫が欲しいと私は思います。
 私が情報不足だけなのかもしれませんが・・・・・・。

 国会議員に支払われる一年間の報酬をご存知ですか?
収入としては約3.000万円程度、歳費(諸経費)を含めると一人について1億円もの予算が認められています。
 諸外国から比べると日本は別格。たしかフランスなどは5・600万円程度と聞いたことがあります。
そういう日本の国会議員がこぞって自身の給与から「義捐金」を捻出するとしたら、
きっと国民は大喝采をすることでしょう。
 ちなみに市・町議員収入は7・800万〜程度、県議員は1.200万〜程度。(各自治体で異なるようですが・・・)
他に調査費などといういくつかの名目でその「収入の倍の経費」の支払いを受けている訳ですから、
一般庶民の感覚とは大分に違います。

 そんなことを知っての上で「町議員選挙」などを見れば、ちょっと「意地悪」で「皮肉っぽい」な見方すれば、
「あ〜、だからこんなに頭が下げられるんだ」と、思わぬ訳でもありません。
 たしかに「町のために、国のために・・・」と思って務めて下さる方もいらっしゃることでしょう。
「だからこそ」これは正当な報酬だと思って議員をやられている方もいらっしゃることでしょう。

 今回の震災の復旧活動では現場で力を尽くしておられる方々、また多くの国民が応援している中、
政治家に多くのことを期待するのは当然と言えます。


 今回「選挙」の最中でしたので、ついつい思いつくままに余計なこと(?)を書きました。

                 
 
 明日からまた地方に出かけます。                 
今、日本中、どこに行っても何事があるか分かりません。
 地震も南下しているようです。 
何事も用心にこしたことはありません。

 ハッチは最近、我が家での「お産場所」を探しているようです。
先日、押し入れの奥に居るハッチを見つけました。
 2.3日留守をしますが、その間に「お産」をし、帰ったら子猫が家の中を歩いていたりして・・・・・・。
そうなったらどうしましょう。
 しかし「そうなったらなったで仕方がない」とも思っているワタシです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◎NHK学校音楽コンクールのHP→「小学校の部」(映像付きで音が聴けます)
 NHKでのリハーサルでやなせたかし先生と。

 HP通信NO.250/ 2011.4.13

 昨日(12日)2週間ぶりに仙台から帰ってきました。
この2週間はたくさんの経験をしました。被災地にも行きました。

<生死紙一重>
 七ヶ浜町の菖蒲田海岸は夏ともなれば海水浴で賑わう仙台の人々にはお馴染みの場所です。そこは全滅状態でした。
子供の頃から慣れ親しんだ風景は跡形もなく、その地に住む親戚が一人、波にさらわれました。
一旦は避難所に逃れたそうですが、家に何物かを「取りに戻ったところ」津波第一波の被害にあったということです。
 かたや、仙台の若林区はいち早くその被害が報じられたところですが、そこにも親戚がおりました。
その時、家族は外に出ており、20歳の長男だけが家にいたそうです。地震の後、猫が外に飛び出したので後を追って
外に出ると、近所の人から「避難しろ!」と言われ、初めて事態に気づいたとのことです。 
猫に助けられたわけです。(そのネコがその後どうなったか、残念ながら聞き逃しました。) 
 本当に「生死紙一重」です。こういう話はおそらくたくさんあることでしょう。

<冥福を・・・・>
 菖蒲田海岸の写真を撮るつもりでカメラは持って行ったのですが、結局写せませんでした。
テレビで見る惨状、それ以上です。
 実際、この地で何人の人が亡くなったのか、その地に立つと多くの霊がまだ漂っているかの感さえあります。

「ご冥福を祈る」という表現がありますが、そんな型通りの表現では済まされない程、それは凄まじいものです。
 まだ遺体も見つからずに(仙台/利府・我が家の近所に遺体安置所があるために、一日中、ヘリが行き来して・・・)
さらに「自分が死んだことさえ知らぬ霊」がたくさんいます。仏教では49日、死者の霊がこの世に漂っている
ことになっています。それからしかるべきところに落ち着くのですが、それらの霊にどうか「安らかに・・・・」
という思いです。
 宗派を問わず、日本人全部が祈りを捧げたいものです。
 

<ガンバレ!ニッポン>
「ガンバレ!ニッポン」のCMが四六時中流れています。
それはそれで結構なことだと思います。が、地元放送局では各避難所ごとに必要な物資を求める放送がされています。
たとえば「毛布」「洗濯洗剤」なかには「男性用シェービングクリーム」などなど・・・・・。
 また全国的に世相として各イヴェントなど自粛ムードになっています。
それもそれはそれで各関係者のご判断ですから、私などモノ申す立場ではありません、が、
しかし、という気持ちもあります。 

 今年の8月24日から「ヨーロッパ・合唱ツアー in ウイーン」という催しがあって、私はプロデユーサーという立場で
ただいまその準備もしているところです。
「ウイーン・オペラ座」「シェーンブルン宮殿」そして「シュテファン大聖堂」で演奏します。
 地震直後、長崎のある団体から「キャンセル」の申し出がありました。
ご承知のように長崎はこれまでにたくさんの被害を被ってきた土地柄です。 
「ツアーに参加する費用を義捐金として寄付したい」というのがその理由でした。
私はその気持ちに感動しました。
 しかしすぐ後で「自分たちの声で世界に向けた祈りを発したい」と「気持ちも新たにこのツアーに臨みたい」という
ご連絡をいただきました。それにも私は感動しました。
 それはお一人お一人が「この状況で何ができるか、しなければならないか」を考え、そして示されたからです。
「ガンバレ!ニッポン」のかけ声も「自粛ムード」も良いですが、「何となく・・・」という「気分」のみに流されてほしくないものです。
 
 ちなみにその「ツアー」は、ウイーン当地の関係者からの申し出で「日本地震災害義援コンサート」
として行われる事になっています。
 参加者のキャンセルも多く出た、ということですが、現在、参加予定者約200名。
各地から6団体の参加を得、各コンサートの最後、合同で私の「マザーテレサ 愛のことば」(作曲者指揮)
も演奏されることになっています。
「祈りの思いのこもったコンサートにしたい」と思っています。

 <もうひとつ・・・・・>、私が仙台滞在中に伯父が亡くなりました。地震とは関係なく病気で亡くなったのですが、
弔問に葬儀屋に行って驚きました。ある階のフロアが「お棺」で一杯でした。
 火葬場が手一杯で「順番待ち」なのだそうです。「伯父の場合」20日以上ということでした。
今、被災地はそんな状況なのです。

 

 2週間ぶりで帰宅すると出かける前に咲いていた「モクレン」が散って「桜が満開」になっていました。
                  桜子もご覧の通りです。(4.13)

                  

                 昼さがりのマノン  4.13

                 




        3月27日/霧島市少年少女合唱団・創立15周年記念演奏会。
   「子供のためのミュージカレット/スターチャルド」(台本片岡 輝)が演奏されました。
      この作品は創立10周年の時も上演。皆さん気に入って下さっているようです。
         この作品は踊りをはじめいろいろな動きが入っています。
          それをとても見事に、楽しく演じて下さいました。
            子供さんたちの素晴らしさに<拍手!>
     私は近隣の中学生も交えた合同演奏で「ひかる地球(ほし)」を指揮しました。
                 コンサートは大盛会でした。

             
           コンサート終了後、霧島市民会館ロビーで子供たちと

            
    打ち上げ会場で。私のお隣から→振り付けの樹山かよ先生、指揮者の山崎咲代先生、
           ピアノの森藤比呂子先生、ご指導の長井真理子先生

   この打ち上げ会場は夏場はビアガーデンをやっているらしく、広いテラスがありました。
             そこで子供たちが「鬼ごっこ」をやっていました。
       私は3度、鬼をやらされました。「鬼ごっこ」なんて「何十年!」ぶりでしょう。


 ここしばらくは滞ってしまった仕事を真面目に励むことにし、来週はまた地方に行きます。
昨夜遅く帰って来たのでしたが、マノンは私の傍を離れずに、そして妙に「言葉数」の多いネコになっていました。
手もたくさんかじられました。それもしっかりとガッチリと。

 桜も散り際です。一年間中、見続けて来た「桜子」の晴れ姿を見れて本当に良かった。
今日散歩してましたらそろそろ小動物が動き出していました。(トカゲ)
 マノンにとっては楽しく心騒ぐ季節になることでしょう。
あっ、そうそう、ハッチはだんだんおナカが膨らんできました。




News!
3月30日より仙台・利府に行ってきます。東北新幹線は不通ですので高速バスで参ります。
両親は元気でおりますが、水の供給も止まったままで、食料の買い込みも不便しているようです。
今回はやや長期滞在(10日〜2週間)の予定です。
メールは従来通りに使えますがその期間「音楽ほほえみ基金」「Bell musica」への
FAXは下記にお願い致します。
047−342−3182
また「Bell musica」へのメールは<bellmus2@koalanet.ne.jp>にお願い致します。

どうぞ宜しくお願いいたします。

                                               3.29

 HP通信NO.249/ 2011.3.25
 
NHK音楽コンクールの課題曲が21日に発表されました。19日に録画、
そして21日(日)に放映。今年もコンクールシーズンの幕開けです。
 NHK学校音楽コンクールのHP→「小学校の部」

                

          NHKでのリハーサルでやなせたかし先生と。(2月25日)
       右はその時やなせ先生から直々にいただいた「アンパンマン勲章」

 此の度の課題曲の作詩はやなせたかし先生。とてもシンプルで「あたたかな風景」が描かれている詩です。
これから全国の小学生がこれに取り組みます。どんな演奏と出会えるか楽しみです。



                 

 3月23日の「桜子」。「蕾」が少し緑色になっています。ついこの間までは「茶色」だったのですが、
しっかりと「桜子」の中で「時間が刻まれている」ということなのでしょうね。
 鶯(うぐいす)もそろそろ発声練習を始めました。まだぎこちない啼き方です。
いつもこの時期、その啼き方を聞くとついつい笑ってしまいます。 
 鳩山の小さな春の景色です。



 21日(日)「東京コレギウム・ムジクム」(当間修一先生指揮)の第一回演奏会がルーテル市ヶ谷ホールで
行われました。
 下のその楽屋で。右から作曲家の千原英喜先生、指揮者の当間修一先生、作曲家の上田真樹さん。
上田さんは今年のNHKの高等学校の部の課題曲を作曲されました。
 2日前のNHKでの収録でご一緒したばかりでした。

          

 この合唱団は当間先生が数年前より東京で催してきた「合唱講座」をもとに立ち上げられた合唱団です。
演奏会は当初、横浜での会場が予定されていましたが、「計画停電」の影響で急遽、会場を変更しての演奏会。
 設立されてからまだ1年。当間先生の合唱作りのメソードにはただただ驚きと敬服です。
これから楽しみな合唱団です。

 「計画停電」では慣れぬこともあり、右往左往させられています。
「東京電力」側からすれば「計画停電」ということでしょうが、私たちからすれば「不計画停電」です。
その日にならないと実施されるか実施されないか分からないものですから「予定」というものがつきません。
 電車も「停電」の時は「運休」。駅員さんに聞いても「東電さん次第」、という返事が。
せめて「翌日分」の予定は事前に知らせて欲しいものです。

 明日(26日)から鹿児島ですが、その日の「計画停電」が行われるかどうか未定なものですから、
(もし行われた場合、午前の電車は運休)そのため本日(25日)夜、品川に宿を取りました。

 来週、鹿児島から帰りすぐに高速バスでいよいよ仙台に乗り込みます。
東北新幹線は復旧の見通しがついていませんので、まずは高速バスで行く事にしました。
 両親も元気でいるようですが、やはりかなり生活のストレスも溜まっているようです。
4月初めの予定はすべてキャンセルしました。
 次回の更新は多分その報告になると思います。


 マノンもハッチも元気です。今回もご紹介できませんでした。
「ねこ新聞」の巻頭にこのような言葉あります。
<富国強猫>(ふこくきょうびょう)「猫がゆっくりと眠りながら暮らせる国は心が富むという」。
 さしずめ、只今はそういう状況ではない、ということのようです。
もう少し平和になりましたらマノンたちの写真をご覧に入れたいと思います。

 

              New!! 新刊案内   カワイ出版4月発行
 歌曲集3「レモン哀歌」
             
64P 定価(本体2.000円+税)

○収録曲
・レモン哀歌(高村光太郎 詩)
短歌による茜の空に(大沼徳子 短歌)
・姉
(ねえ)ねお鶴(金田一春彦 詩)
・想い出(鈴木憲夫 詩)
・よりそいて蛍のごとく吐息せり(丹治富美子 句)
・今が美しい(村田さち子 詩)
・くじらのなみだ(今井鴻象 詩)
・ほほえみ(小田切清光 詩)

 この曲集は前4曲が中編程度、後4曲が小品という構成になっています。
「はすとにわとり」「二度とない人生だから」に続く第3集です。
合唱作品として発表されたものが多いのですが、歌曲として
また新しい世界が広がることを期待しています。
  
                    新刊案内   カワイ出版4月発行
 2010年刊行された「混声版」に続き
        女声版が刊行されました。


○収録曲目
・故郷・赤とんぼ・かあさんの歌・浜辺の歌・こもりうた
・砂山
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上6曲。

・初級程度。定価(本体1.200円+税)

○委嘱・初演/グラッセス高浜(第8回演奏会)
・指揮:大岸卯斉 ピアノ:新谷径世


○混声版オリジナル「春夏編」「秋冬編」は好評発売中!。
 CDも発売されています。
・定価:1.780円
・制作:音楽ほほえみ基金
・取り扱い問い合わせ先:bell-musica@mbr.nifty.com
(尚、このCDは女声版ではありません。混声合唱版です)

                


 HP通信NO.248/ 2011.3.17

 
余震も時折続いています。まだまだ大災害の中におります。
避難所で生活をせざるを得ない方々も大勢いらっしゃいます。
 幸い、私の両親や、近い親戚も自宅で難を過ごしております。電話(固定)は未だ不通です。(17日現在)
地震後、まる2日間、両親と連絡が取れずに心配の最中におりましたが、14日、朝、携帯電話が通じました。
 その時の「安堵感」というものは言うに言われぬものでした。
眉毛に一本の白髪を見つけました。今まで気づきませんでした。もしかしたら今回のことで出来たかもしれません。
 こういう中「天罰」などと言う人が居るのには驚きました。石原知事ならさもあらん、一事が万事、傍観の言です。
こういう「有事」の時にリーダーシップを取れる人が、本当のリーダーなのでしょうね。
 政治にしても東京電力にしても、社会の混乱に輪をかけているように見えます。

 近所のスーパーでは食品棚がガラガラです。私のようにその日その日の食材を求める人間にとっては大迷惑です。
多少買い置きしてあるとはいえ、この混乱はどうしたものでしょう。
 被災地なら分かりますが、人心の「不安」をそのまま放置している現れだと思います。

 一瞬のうちに消えた尊い生命、その人の人生を思うと胸がつぶれるほどの思いです。 



 11日、地震の起きた時は私は東海道新幹線の中におりました。 
もうすぐ「名古屋」というところで急に電車が止まりました。そのとき車体が大揺れに揺れました。
「風かな?」と外を見てもそれほどでもありません。一瞬、東北で地震?と頭をよぎりました。
 まもなくアナウンスが流れ「東北で大きな地震が起きたためにしばらく停車をする」ということでした。
即、携帯で実家に連絡したもののつながらず、様々な情報が耳に入ってきました。
 停車すること約15分。名古屋駅に着き、予定より約30分ほど遅れて京都駅に到着。
京都駅で山陰本線に乗り換え東舞鶴へ。お迎えの車で高浜町へ。
 その間、ずーっと携帯をかけ通しでした。

 その夜、「グラッセス高浜」(女声合唱団/指揮:大岸卯斉先生)のリハーサルに出て、
早々と宿に戻りました。

 多くの友人から私の携帯に安否を気遣う電話を頂戴しました。
12日の朝も早くに携帯メールが鳴ったりで、少々寝不足気味。
 その午前はただじっとしていてもしようがないので、急ぎの原稿を書いたりして時間を過ごしました。
午後、リハーサル。そして夜7時からの本番。
 楽屋のテレビでは「福島原発の爆発」の模様が報じられていました。
「一体、どうなるのか?」という不安が募る一方です。
 高浜町は「小浜原発」のご当地。他人事ではない雰囲気が関係者から伝わってきました。


              
         コンサート前、グラッセス高浜の皆さんと会館ロビーで撮影。
        私の隣がピアノの新谷径世先生、そのお隣が指揮者の大岸卯斉先生

 当夜は<作曲家・鈴木憲夫を歌う>と題されて私の作品のステージが設けられました。
このコンサートのために書き下ろされた「日本こころのうた/女声版」も初演されました。(指揮:大岸先生)
 私は「マザーテレサ 愛のことば」「ゴールデンエイジ・ふくい」の皆さんとの合同で「風の島唄」を指揮。
 プログラムは「ゴールデンエイジ・ふくい」(指揮者:田中幸一先生)の賛助出演あり、女優の人村朱美さんの
一人芝居と合唱のコラボレーションがあったりで、楽しい内容でした。
 コンサートは大盛会。拍手もいつしか「手拍子」に変わりました。
指揮をして嬉しいのはそういう瞬間です。

             
      打ち上げ会場で。前列右からゴールデンエイジ・ふくいの斉藤厚一団長。
     女優の人村朱美さん、私をはさんでピアノの新谷先生、指揮の大岸先生、
          後列がグラッセス高浜の会長の大森弘子さん。

 打ち上げは「ゴールデンエイジ・ふくい」の50名の皆さんも同席でしたので、大変賑やかな会となりました。

 次第に時間が経ってから考えも少し冷静になってきました。
実家は頑丈な地盤の上にあります。周りには親戚もおりますし、父母の友人もおりますので、
「きっと心配するほどには大丈夫に違いない」と。

 コンサート翌日、東舞鶴から京都→品川→渋谷と移動し、NHK学校音楽コンクールのCDレコーデイングに
立ち会いました。スタッフの皆さんからもお見舞いの言葉をいただき、終了後鳩山に帰宅しました。

 自宅はさぞや地震で家財など散在しているかと思ったのですが、
留守をしてくれている田中さんがすっかりきれいに後片付けをしてくれていました。
 ネコも無事でした。
というより何事もなかったかのように丸くなって寝ていました。
「ひとまず安心」
そして翌14日の朝に実家から連絡があり無事であることが確認されました。

 その後、次々と親戚、友人と連絡が取れ、安否が確認されました。
ただ津波の被害を受けた地域に親戚がおり、その安否が知れずにいます。



 大変な1週間でした。
東北新幹線も開通の見通しがつかないということです。
 仙台に飛んでいきたい気持ちはあってもそれが叶いません。まずは静かに復旧を待ちたいところです。
今後、何事があるか予断は許しませんが、各関係機関の方々には事態の収集をお願いし望むのみです。

 たくさんのお見舞いのお電話やらメールを頂戴いたしました。
この場を借り、心より御礼を申し上げます。

 
                      新刊案内   カワイ出版4月発行
 2010年刊行された「混声版」に続き
        女声版が刊行されました。


○収録曲目
・故郷・赤とんぼ・かあさんの歌・浜辺の歌・こもりうた
・砂山
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上6曲。

・初級程度。定価(本体1.200円+税)

○委嘱・初演/グラッセス高浜(第8回演奏会)
・指揮:大岸卯斉 ピアノ:新谷径世


○混声版オリジナル「春夏編」「秋冬編」は好評発売中!。
 CDも発売されています。
・定価:1.780円
・制作:音楽ほほえみ基金
・取り扱い問い合わせ先:bell-musica@mbr.nifty.com
(尚、このCDは女声版ではありません。混声合唱版です)

                

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 大地震、皆さまのところはいかがでしたか?
私はその日、東海道新幹線の中におりました。名古屋付近で停車し、新幹線が大揺れに揺れたのには驚きました。
 その後、東舞鶴→若狭/高浜で演奏会。(次回の更新でご紹介します)
地震直後から仙台/利府の両親と連絡がとれずにおりまして、本日(14日・朝)やっと携帯が通じ、無事でいることが確認されました。安心しました。
 利府の家も被害はなく、停電、断水の中、何とか元気でいたということです。
親戚や友人が水や食料を運んできてくれたそうです。
 まだ安否の確認がとれていない親戚・友人もおりますが、とりあえず、ホっとしております。
関東地域も部分停電ということ、しばらくは全体の復旧を静かに待ちたいと思います。

 私へのお見舞いの電話、メールなど、100件を越えました。
まずはここで近況をお知らせいたします。
 ご心配をいただきありがとうございました。
                                        3.14
                                      鈴 木 憲 夫

 HP通信NO.247/ 2011.3.8

 
 春日和もあれば、雪降る日もあり。
しかし春は確実に一歩一歩と近づいてきています。

          
              近所のお寺(休山寺)の梅の花。 
              今年は梅の花は遅咲きのようです。

                                                       

 5日、宮崎県の延岡市に伺いました。 
延岡市の「女声合唱団/コール・ベル」(指揮者:佐藤直子先生)の発足5周年記念演奏会に客演指揮をさせていただきました。
 この日「Heartfull World of Norio Suzuki」と銘打ったステージでは、合唱団のヴォイス・アドヴァイザーの
竹尾浩子先生のソプラノ独唱で私の歌曲4作品(私と小鳥と鈴と/木/親/縁)
また「二度とない人生だから」を指揮させていただきました。

 竹尾先生のソプラノは素晴らしく感動的な演奏でした。歌曲集は昨年刊行されたばかりで、
歌曲作品はあまり耳にする機会がまだ少ないものですから、感慨もひとしおでした。

「二度とない人生だから」はコール・ベルの皆さんの他に「宮崎はまゆう」都城市の「コールSAKURA」他
有志の方々が加わり40名の皆さんでの演奏。
 皆さんの声と心がピタっと合い、会場一杯にその感動が広がるような演奏でした。

アンコールは混声三部版の「ほほえみ」。地元の男声合唱団「ひむかグリークラブ」との合同演奏。
 他のステージもすべて楽しく、超満員の聴衆の、しかも暖かな雰囲気の中、大盛会のコンサートでした。
               

            
               打ち上げ会場で。コール・ベルの皆さんと。
     写真向かって私の右隣りが宮崎市から応援にかけつけて下さった指揮者の中村禎子先生。
             私の左隣りがコール・ベル指揮者:佐藤直子先生。

 
       二次会は団員の方の別宅にて夜遅くまで楽しく、笑い声も絶えず賑やかに過ごしました。
      とにかく宮崎の人は明るい!。家に帰るなり、その賑やかさが懐かしくさえ思いました。



 この1週間あまり、確定申告などでずーっと家に籠っておりました。
そういう時はバックミュージックをかけます。今年はマーラーを聴きながら・・・・しかし気分が重くなって、ベートーヴェンの弦楽四重奏を・・・・それもやや気分が重くなり、ジプシーキングを・・・・・しかし途中でウルサクなって、
ピアソラを聴きながら・・・・・などなど、音楽の効力というのはあるものですね。
 間違っても自作は聴きません。気になって仕事どころではなくなるからです。
留守がちですので、じっくり腰を据えてという状況ではありませんが、
締め切りの約束のもの、とうに過ぎたものもまだいくつかありますが、しっかりと仕事をしておりますので、 
どうかその方面の方々にはお赦しを賜りたいと思います。



 今回もマノンとハッチの写真はご紹介できずに残念です。
毎日毎日、ネコ同士、物語があるのでしょう。
タヌキも最近我が家近辺に出没しています。
一度見かけました。
可愛いものですね。
いつかシャッターチャンスを、と狙っているところです。

 また今週末から地方です。

 今の時期、着るものもなかなか神経を使います。
桜が咲く頃は鳩山にしばらく居られそうです。
その頃には今の仕事も少しは片づいて、花を見ながらノンビリ散歩できればいいなア、と思っています。

 春よ来い!
  は〜やく来い!
     ですね・・・・・・・。


HP通信NO.247/ 2011.2.25

 
 16日以来、1週間ほど留守にし帰宅してみれば、家の様子(環境)が少し変わっていました。
「猫」です。何と「雄猫」の「さかり」のついた声が我が家を取り巻いていました。
 我が家に時折「住み込む」ハッチを目当てにしてのことです。
肝心のハッチといえば、帰ってからまだ姿を現していません。
 さてさてどこにいるのやら。
マノンの苦手な(パンダ模様の)「パンダ猫」(コロコロ太った)「コロ」が頻繁に姿を現します。
 マノンにとってはストレスのある迷惑な日々がもうしばらくは続くことでしょう。 
                                                       

 この1週間あちらこちらの行ってました。
16日は熊本へ。 

          
    宿泊のホテルから見た「熊本城」        熊本県おかあさんコーラス連盟主催の講習会の模様

 17日は「熊本おかあさんコーラス連盟主催の合唱講習会」(会長:東正生先生)に講師で招かれました。
講習の曲目は「二度とない人生だから」より数曲。
 大変盛会で、雰囲気もとても和やか。350人以上の熱心な皆様と楽しいひとときを過ごしました。
終了後、夕方、飛行機で伊丹へ。 

 翌18日は伊丹空港から「高速バス」で「福井/若狭の高浜町へ」。
3月12日に「女声合唱団/グラッセス高浜」(指揮者:大岸卯斉先生)のコンサートで客演指揮をします。
そのリハーサルに伺ったのでした。「マザーテレサ 愛のことば」その他を演奏します。

     
     宿泊した宿の前から見える「若狭湾」       高浜文化会館ホールにての練習風景

「若狭/高浜町」で2004年に行われた「国民文化祭/童謡の祭典」でプロデユーサーをしたことがありました。
「グラッセス高浜」のコンサートでは此の度で3度目の客演になります。
若狭湾の広大な海、<三角おむすび>のようにそびえ立つ「青葉山」など、風光明媚なところです。
 そういうご縁で何度この地を訪れたことでしょう。
それゆえか「懐かしさ」さえ感じます。

 19日の練習を終え高浜駅から「小浜(おばま)線」で福井市へ。
この「小浜線」から見る風景が私は好きなのです。小さな浜がいくつもあり、ちょうど夕方でしたので、
夕焼けの若狭湾が美しく輝いていました。

 敦賀近くなりますと一面の「雪景色」。一瞬自身の目を疑ったのでしたが「鹿」が雪の田んぼを走っていました。
この地方は今年「イノシシ」や「鹿」で被害を受けているそうです(後から聞いて知りました)

 20日午前は、福井市内で一昨年ウイーン公演の際に参加された皆さんとまるで「同窓会?」。

               

 ウイーンには福井市から「ゴールデンエイジ・ふくい」の方々を中心に20数名の方が参加されました。
この日、ご都合の良い方たちが集まって下さり「昼食会」(私の手前が指揮者の田中幸一先生)。
ウイーンでの想い出話に花を咲かせました。
 午後は男声合唱団「ゴールデンエイジ・ふくい」の練習。
7月10日に「男声版/二度とない人生だから」が初演されます。作品の全曲完成はつい最近のこと。
 皆さんの並々ならぬ意欲を感じ、嬉しくなりました。初演が楽しみです。

  
         練習後の記念写真。               夜は「あはら温泉グランドホテル」にて宴会。
                                    (前列右から二人目が団長の斉藤さん)

「あはら温泉」は福井市より車で約40分のところにあります。
旅の終わりにゆっくりと「温泉」でくつろがせていただきました。

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 21日は小松空港から仙台へ。
仙台では両親が待っていてくれます。
 22日は天気も良かったので午前、墓参り、午後は塩竃神社まで歩きました。
そして夕方は両親を連れ出して映画鑑賞。

 23日に鳩山に帰宅。
今回はまるまる1週間も留守にしました。(1週間も留守にすると郵便やファックスがた〜くさん!・・・・)
 久しぶりに帰るときまってマノンが甘えてきます。
とくに冒頭でお伝えしたように、ここ数日はマノンにとって「緊張」した日々だったのでしょう。
夜、くつろぐ私の膝の上で、喉をゴロゴロさせていました。(6Kgもある体重ですので膝がしびれてきて・・・・。)



 旅先では常に皆さまより手厚い歓待を受け、ご馳走もいただき、お酒もおいしくいただき、
体重も増えて帰ってきます。
 旅先では「とにかく」「ゆっくり休む」ことを心がけています。
少し前なら夜遅くまで張り切って騒いだりしたものですが・・・・・・・、
 最近は「旅慣れ?」それとも「歳のせい?」か、とにかくおとなしいものです。
この1週間、結構移動もあったりして忙しかったのですが、楽しい1週間でした。

 溜まっている仕事もたくさんあります。早速「普段通り」の「粗食」「散歩」の生活に戻り、
仕事も再開しなくては。

 今回の更新は旅の徒然記となってしまいました。

 マノンやハッチの近影も近いうちにご紹介したいものです。
 春の陽気が嬉しいこの頃ですが、早く!春爛漫!が待ち遠しいですね。

HP通信NO.247/ 2011.2.15

 
                 

            上の写真は桜の木。私はこの木を一年中見ています。
          そしてここを通る度に右側の小枝に「話しかけ」ています。
  以前ご紹介したこともありますが、名前は「桜子」。名字までつけていて「小枝桜子」といいます。
   「蕾み」はまだまだ小さいのですが、「本番」に向けての準備を着々と・・・と、そんな感じです。
 
 どの木も天に向かって「春乞い!」をしてます。「太陽崇拝」です。
山々のすべての樹々の枝が天に向かって広がっています。そんな様は壮観です。
 太古の昔(宗教の枠組みが出来る以前)の人間の姿もおそらく、天に向かい、畏敬の念を以て
祈りを捧げたものかもしれません。
 自然の中に居ると、原始の息づかい、というものが伝わってくるようです。
                                                      
 
 先週、男声版「二度とない人生だから」を全曲完成させました。
初演は7月10日、福井ゴールデンエイジの皆さん(指揮:田中幸一先生)。平均年齢はたしか70歳(?)の合唱団。
 初演が楽しみです。またここでご紹介させていただきます。

 先週も仙台へ。雪景色を見ました。
昨日は鳩山でも久しぶりの大雪でした。
 雪が「シンシンと」降り積もる景色は見飽きません。
それでなくとも鳩山は「静か」。ある時、我が家を訪れた方がこう言ったことがあります。
「ここは静か過ぎる、寂し過ぎる」と。
雪景色の鳩山の夜は、いっそう、深く、音もない、まさに静寂の世界に包まれました。



 ハッチがしばらく顔を見せず、心配をしました、が、ほぼ1週間ぶりに姿を現しました。
家に入るなりに猛烈な食欲で、「ウンニャ〜ウンニャ〜」とうなりながらエサをかっこんでいました。
この1週間、どこに居たものやら。 飲まず食わず?に近い状況だったかもしれません。

 最近は毎日のように来て、エサを食べ、下の写真のように昼寝をしていきます(以前ご紹介した写真)

                

 マノンは時折、ハッチにちょっかいを出して遊ぼうとしているようです。
ハッチはよく鳴きます。それも可愛らしい声で「ミャ〜オ」と。(うるさいくらいに)
マノンは滅多に鳴きません。静かな我が家がハッチの出現でちょっと賑やかに。

                 
              ある日のマノンとハッチ(これは昨年の写真です。)

 
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明日よりまた1週間ほど地方に出かけます。
熊本、福井、仙台と飛行機を乗り継いでの旅です。
 メールなどのご返信は遅滞すると思いますので、ご容赦のほどを。

 もう梅がチラホラと咲き出しています。間もなくここ鳩山も、春の色に染まる季節となります。

HP通信NO.247/ 2011.2.6

もう2月。
少し暖かな日和になったとはいえ、これからまたいくつものハードルを越え、本格的な春へと入っていくことでしょう。

 先日、「マザーテレサ 愛のことば」混声版を完成させました。
この作品は「龍ケ崎混声合唱団」(指揮:安達陽一先生)の委嘱により完成し、9月25日の演奏会で初演されます。
 女声版とはまた趣きの異なる作品になったと思います。初演の日が近づきましたらご案内いたします。 

 またこの春刊行される「日本こころのうた=女声版」、「歌曲集III」の見直しやら、校正など、
なにやら慌ただしくしているうちに1月が過ぎたという感じです。
               
 2月の初めは仙台に居りました。
チラホラと日陰に残雪がありました。  
やはり関東とは、衣一枚の差はあるようです。

 4日は仙台から仙山線を使って山形へ。
最近、仙台から山形までは高速バスが便利なのですが、仙山線の雪景色が見たくて乗り込みました。
仙山線は山間(やまあい)を電車が走ります。 
 私が子供の頃、冬になると仙山線でよく「面白山スキー場」に通ったものです。
人の足が及ばない山林に、小さな「足跡」を見ることができます。
多分ウサギでしょう。一筋の足跡がいくつも交差したり、溜まりができていたり、
親子のウサギなのか、夫婦のウサギなのか、元気に飛び跳ねる姿を想像すると楽しいものです。

 山形には「山辺女声合唱団」(指揮:吉田ユカリ先生)のお招きで伺いました。
練習の曲は「レモン哀歌」。発表してまだ間もない作品なのに完成度の高い演奏を目の当たりにし、驚きもし、
感動しました。
 吉田先生、山辺女声の皆さんとは数年前からのお付き合いですが、いつも充実した合唱を聴かせて頂き、
楽しいお付き合いをさせていただいています。

                 
          右から指揮の吉田ユカリ先生、ピアニストの大沼美穂先生、そしてワタシ。
           練習は夜。上の写真は練習後9時半から私を歓迎してくれる宴会の模様。
           (写真撮影はいつも車で送り迎えをして下さる戸村篤さん=山辺女声の応援団)

 翌5日は山形新幹線で帰路へ。
車窓から一面の銀世界が。まるで異次元の世界に居るようでした。
山の地肌が雪で白く、そこからまばらに木の生えている様は、何やら「私の頭髪」を見る思い・・・?。
 屋根の上に上って除雪する人も見かけました。
「大変だな〜」と。私は無精ですから「とても雪国には住めないナ〜」とも思ったり・・・。
久しぶりの雪景色を楽しみました。
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 留守をして下さるTさんのお話ですと、ここ数日ハッチは姿を見せていないとか。
どこに居るものやら。
あの<ノラ猫の性分>ですから、どこかの家で飼われているとは思えないし、どこかに行ったとも考えにくいし、
心配ではありますが、しかし、当分様子を見るしかありません。 
       
 マノンは心なしか、ちょっと元気がないようです。

マノンの近影も今度、ご覧にいれるようにしたいと思います。

HP通信NO.246/ 2011.1.25

 
関東地方は連日の晴天続きです。
雪の地方も多いようで、今年の天気はどうしたものでしょう。
・・・・・・と、今年もまた「異常気象」の時候の挨拶が増えるような予感が・・・・。

 先週末、「宮崎県延岡市」に行って参りました。
3月6日に「女声合唱団コール・ベル」(佐藤直子先生指揮)のコンサートがあります。その練習に訪れたのでした。
「コール・ベル」といっても私が千葉・市川市で指揮をしている合唱団ではありません。
延岡市の「コール・ベル」です。
 同名の合唱団も多分、全国に結構あるのではないでしょうか。

 こちらに伺ったのは2回目。3年前は「高千穂」にご案内いただきました。
今回も団員の方の「別荘」で何とも賑やかに、豪華に、贅沢な気分を味わった2日間でした。
 22日の夜は団員持ち寄りの手料理でご馳走づくめ(下がその写真)大宴会。

               

   今回は写真は何と「これ一枚」のみ。23日も練習後、市内の割烹で皆さんと楽しい交流があったのですが、
          ついつい楽しく過ごすうちに写真を撮り忘れてしまいました。

        下の写真は宿泊の邸宅。前回(’8年9月)お伺いした時に撮影したものです。

             
           広々としたお屋敷、高台にあって日向の海が見えます。
         22日の夜は月がきれいでした。海が銀色に光って見えました。

 演奏会では「二度とない人生だから」(全曲)、そして延岡市男声合唱団「ひむかグリークラブ」などの皆さんの
賛助出演で「ほほえみ/混声三部版」を客演指揮します。
 さらに、私の歌曲を竹尾浩子先生(コール・ベル ヴォイスアドバイザー)が歌って下さいます。
楽しみなコンサートです。

 練習も和気あいあい、宴会も楽しく、明るく、賑やかなひとときを過ごしました。
上の別荘は普段使用していないので、佐藤直子先生のご主人の和好先生(元校長先生)が管理をされているとか。
 和好先生の、さりげない隅々ま行き届いた心暖かなお心遣いに感謝の二日間でした。

                                                        

 延岡には宮崎市から指揮者の中村禎子先生も駆けつけて下さり、佐藤先生はじめ皆様と楽しいお酒をいただきました。
中村先生とは20年来のご厚誼をいただいています。
 中村先生はまるで「母」のようなことを言われます。
「奥様が亡くなられてからもう4年も過ぎたのですから、新しい伴侶を迎えて、新しい人生をお考えください」と。
いつも親身になってお話下さいます。嬉しいことです。
生前の家内を知っていて下さる方を初めてとして、よく皆さんから言われることがあります。
「きっと奥様は<あちらの世界で>喜ばれていますよ。」と。
しかし「あの世」とはいったいどうなっているのでしょう。
 生きている人間が都合勝手に作り出した世界(?)かもしれない、とは横柄な不遜な言い方ですが、
毎日毎日、家内の霊前に向かっているモノとして、そんなことを思わないでもありません。

 私の友人が「脳」の研究をしていて、聞くところによると「脳のメカニズムはまだまだ未解明」なのだそうです。
まさに「神の領域」。
 ましてや「魂」(霊魂)も「心」、さらに「あの世」の存在も「未知だらけ」。
ある意味で「生きているモノ」の「思いよう」なのかもしれませんし、「生きているモノ」の「内」にこそ
その「答え」があるのかもしれません。

 最近、4年以上毎朝続けて来た「読経」(般若心経はじめいくつかのお経)は止めています。
「読経」することはたしかに「供養」ではあるでしょうが、そんな「かたち」のみが供養ではないのではないかと。
毎朝、位牌に向かって座り手を合わせるのはいつもの事ですが、最近は私なりの言葉で
「皆が無事に幸せに過ごせますように」と、読経替わりに唱えています。
「人が祈る姿」というのは実はこういうことではないのだろうか、とも思います。
神前、仏前をはじめ、それらを前に敬虔な気持ちで向き合うことは大切ですが、「神や仏」を対象に「祈る」ではなく、
「その人の祈る姿にこそ」、「祈るという本来のかたち」があるのではないか、と最近思うのです。

 さきほどの中村先生の話の続きですが、「大中(恵)先生をみてごらんなさい、40歳も若い方と結婚されて、
今、とてもお元気ですよ」と。励まされているような、お尻を叩かれているような・・・・・・・・。
 とにかく、多くの方からご心配をいただき「幸せな身」と感謝しています。



              <ハッチは半分居候猫、半分ノラ猫やってます>

        

 上の写真はある日のハッチの姿。これ以上近づくと「サアーッ」と逃げます。
この時はちょっと寝ぼけているようでした。時折、こうして我が家で「くつろいで」いる時もあるし、
日に一度も姿を現さないこともあります。半分居候?半分ノラ?のハッチです。

          

                駐車場でのマノンとハッチのツーショット。

       マノン、ちょっときれいに見えませんか?。先日、タオルで身体を拭いてやりました。
           イヤイヤしながら逃げるマノンを追いかけながら悪戦苦闘。
              でも、毎日、薄汚れて帰ってきます。
     「無駄な抵抗はヨセ」とでも言うかのように、見ていると、気持ち良さそうに土の上で
                 身体をクネクネさせています。

       乾燥の甚だしいこの頃です。私は寝る時、濡れマスクして寝ています。
                 くれぐれもご自愛のほどを。                                                   

HP通信NO.245/ 2011.1.14

 
1月5日は京都・山科(やましな)に行ってきました。

               
     右が山科混声合唱団の吉田団長、中央、箸尾哲男先生、醍醐寺のお茶処で。

 京都行きを思い立ったはこの日の1週間前、にも関わらず、吉田団長さん、箸尾先生にお付き合いいただき、
 古都を偲ばせる史跡・道を巡りをしました。 

 昨年の中頃、京都の山科混声合唱団(指揮:箸尾哲男先生)より作品の委嘱がありました。
自身でのテキスト作りはいつも躊躇するのですが、此の度も自作のテキストで、ということになり、
昨年は他の仕事の合間に様々な資料を読み込んだり、テキスト作りのために少しずつメモをしてきました。
 締め切りの約束も大分遅れています。此の度は「気合い」を入れるために急遽「京都」へ。
テーマはまだ「内緒」。今年前半の大きな仕事になります。
                                                         

                 
                 12日は妻・美智子の5回目の命日。
         塩釜市郊外・七ヶ浜の墓(慈しみの像)に、家内の姉と両親とで墓参りをしました。

 家内が亡くなって5年目に入ります。振り返ると「あっという間」の4年間でした。
年々この日の辛さが和らいでいくように感じています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



                  <宿敵=パンダ猫=現わる> 

             

 これまでこの付近を縄張りとしていた、
(コロっとした)「コロ」も(肥満の)「ヒーマン」も(クロネコ)「ヤマト」も鳴りを潜め、静かになったと思ったら、
最近は(パンダ模様の)「パンダ猫」が、大きな顔をして歩いています。
 留守をして下さるTさんの話によると、そのパンダ猫にマノンは左足を噛まれ怪我をしたということ。
軽傷でしたが、マノンには「宿敵現わる!」です。
「可愛がられているネコは、いじめられる」とか。
パンダ猫が家の周りをうろついていると、私も少々ムキになり、水をかけたりなどして追い払ったりしています。


 ハッチは相変わらず「ノラ猫」をやっています。
ハッチの声は、か細く、か弱く、「ミャ〜オ〜」と鳴きます(本当に泣いているように)。
 それを合図にドアを明けてやると今は「当たり前」のように家でエサを食べていきます。
そして「ひなたぼっこ」したり、時に泊まっていくこともあります。それが普通になりました。
 マノンにも機嫌の良い時と悪い時があるようです。 
機嫌の良い時(?)は「ちょっかい」を出して遊ぼうとしますが、時に「ンニャ」といって、自分の「寝床」にさっさと引き上げてしまいます。
 しばらく留守した後などは俄に「甘えん坊」となり、私の傍を離れずにいます。

 時折、テラスで追いかけっこをして遊んでいる光景を見かけます。
いつか二匹で遊んでいる姿を是非写真で紹介したいものです。


HP通信NO.244/ 1.3

 
 新年あけましておめでとうございます。
    本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

               

 今年は両親とともに近場の温泉<松島>で年を越しました。
<松島>は最近温泉が出て話題になっています。
ホテルでは私のような親子連れを多く見ました。
 一見してお年寄り集団と思いきや、よ〜くよく見ると私くらいの年齢の子ども?と、そしてその親。
はたから見ると私たちの姿もそのように見えたに違いありません。

 三人だけの食事ですから家に居るのと違って、話題もとくになく、黙々とホテルの年越しの豪勢な食事をしている時に
母が私に向かってこうポツンと話しかけました。
「オマエ幸せだよ、お父さんもお母さんもこうして元気で、こういうところで親子三人で食事ができるのだから。」
それはたしかに幸せです。
 ですが、今回は私のオゴリです・・・・・・・・・たまに、良い親孝行をしました。

 食後はみなでマッサージをしてもらい、父は珍しく飲んだ酒で早々と寝てしまい(父は私と違って酒が飲めないのです)、
母と二人でホテル主催のビンゴゲームに参加。
 リーチのままなかなかビンゴに至らず、「あ〜あ」といいながら帰ってTVで「紅白」を観ました。
そんなノンビリした大晦日を過ごしました。

 今年もたくさ〜んの仕事を抱え、その他にも各地での客演指揮のコンサート、また講習会などを控えています。
とにかく健康に気をつけて、元気に楽しく過ごしたいと思っています。

 皆様にもどうか
御身をお大事に、健やかな年となりますように。
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
まずは新年のご挨拶まで。
                                                        

                 

                マノンからも一言新年のご挨拶を。
   「ニャニャニャ〜ニャ、ニャニャ!ニャンニャンニャニャニャン、ニャニャニャンニャン!」
        訳すと「本年もご主人ともどもどうぞ宜しくお願い申し上げます。」

             ところでハッチはまだ顔を見せません。
           留守中、いつもお世話下さっているTさんによると、
 暮れはハッチとヒッチ(ハッチと兄弟?ハッチが連れてきたのでヒッチ、と命名)と3匹で遊んでいたよ、ということ。
          ハッチとも今年1年どんな物語が展開するでしょう。

            今年も1年、このホームページをどうぞ宜しく。
                  鈴木憲夫HPトップページへ