HP通信3
2008年
「HP通信3」は08年1月より再開しました。
「HP通信1→」
「HP通信2→」
「HP通信4/2009年→」

HP通信NO.180/ 08.12.14
推定樹齢700年の「岩殿観音の大銀杏」(我が家から車で5分程度)葉が落ちて一面の黄色いジュータン。
 先日母が久しぶりに鳩山荘を訪れました。「家の掃除をしに行くから」と。
来てみると「マア、きれいにしていること!」と驚く母。
母が来るというので特別に掃除したわけではありません。
 3泊しましたが「上げ膳据え膳」で喜ぶ《母》。
母は「まるでホテルにでも泊まっているみたい」とご満悦でした。
「今晩は何が食べたい?」「何か消化の良いもの」・・・・というオーダーに応えて、オリジナル料理を考えつきました。名付けて「ワンタンシャブシャブ」
  オリジナルメニュー
ワンタン・シャブシャブ
そんな難しい料理ではありません。
 決め手は[A]特製ラーメンスープ。ラーメンスープに「椎茸のホソ切り」「メンマ」を煮込んだもの、プラス小ネギをたっぷり。
それにワンタンの皮をうす底ナベに入れてシャブシャブ(20秒程度)して食べるというものです→[B]。野菜もたっぷりと。
野菜は[C]すでに湯通ししたもの。
 
 ワンタンの柔らかな食感、そして椎茸・メンマ入りの味わい深いのラーメンスープ。
これからの季節の鍋料理の一品として私の定番になりそう。
宜しかったらお試し下さいマセ。
A B C
先週、上の二つの展覧会に行ってきました。
「フェルメール展」は14日で終了。閉幕ぎりぎりに行ったものですから大変な混雑ぶりでした。その日「フェルメール展」をまだ観ていないという仙台の友人Oさんと上野駅・公園口で待ち合わせをして美術館へ(私も気になりながら観ていませんでしたので)。着いてみれば人・人・人。長い行列が出来ていました。何と50分待ちという。
 並ぶというのがまったく苦手な私ですが、折角仙台から上京した彼のためにも、素直におとなしく仲良く一緒に「行列50分間」を楽しく過ごしました。Oさんとは35年来の友人。
 やっとのことで会場に入ってみれば絵の前は人だかり。じっくり観れたものではありませんでした。日本にいて「フェルメール」を観れるという機会はそうあるものではありません。人が大勢押し寄せることはたしかにうなずけます。
 今回の「フェルメール展」を90万人以上の人が観たとのこと。海外の人からみれば「日本人の文化意識」の高さにさぞや目を丸くして驚くことでしょう。「日本人は何と美術に興味を持っていることか」と。しかし普段、どこの美術館に行ってもいつも閑古鳥が鳴いています。
 ベートーヴェンの第九にしてもそう。「第九を歌う」ということそれ自体大変なことです。それをやり遂げることは実に立派。素晴らしい!。しかし「その後」です。「第九」をきっかけにその他の音楽にも関心を持たれるなら、また「フェルメール」をきっかけに美術に関心を持たれる方が増えればそれこそ本当に素晴らしいことだと思うのですが・・・・・・。
 

 ところでその日、上野からOさんと渋谷のBukamuraでの「アンドリュー・ワイエス展」(今もって現役のアメリカの画家)にも足を伸ばしました。
 「アンドリュー・ワイエス」も人気のある画家ですのでかなりの人が来館していました。

 日帰りを予定していたOさんを鳩山荘に誘い、久しぶりに酒を酌み交わしました。
ただ今制作中の「大阪シュッツ」のCDを聴いてOさん「素晴らしい!」を連発。Oさんのリクエストで何度も何度も聴きながら、Oさんちょっと飲み過ぎたようです。

 毛づくろいをするマノン。
「ナンダヨ〜、こんな格好写すんじゃナイヨ〜」とちょっと機嫌悪そう。
ポカポカ天気の日は「ひなたぼっこ」の場所の取り合いです。
 陽の移りに応じて私がゴロゴロと移動するものですから、マノンはいつも私に追いやられてしまいます。
「オマエちゃんはネコなんだから<ひなたぼっこ>するところ他にあるだろう?」と。

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最近観た映画:読んだ本
本:「藤沢周平著/日暮れ竹河岸」「池波正太郎著/秘伝の声・上」
映画:DVD「ナイロビの蜂」「チームバチスタの栄光」「犯人に告ぐ」

HP通信NO.179/ 08.12.4
 12月になりました。秋の鳩山は深々と静かに冬支度をしているところです。
先日、まさに秋日和の日、コールベルの皆さんと「はとバス・都内紅葉巡り」をしました。
 神宮外苑の「銀杏並木」「ホテルニューオークラの<ほり川>で昼食」「小石川後楽園」「六義園」というコースで楽しく一日を過ごしました。
六義園(りくぎえん)にて。12.1
神宮外苑の銀杏並木
 今年ももうあとわずかになりました。例年でしたら「何と今年も早かったのだろう!」という感慨を持つのですが、今年はちょっと趣きが違います。
「何故だろう?」と考えましたら今年は「新刊」が「0」の年でした。
ほぼこの20年あまり、こんな事はありませんでした。それだけ昨年は仕事をしなかったということです。大雑把に大小を含めての刊行物は現在100点あまり。昨年は5点ほどありました。

「新刊」となると結構忙しいのです。「原稿の見直し」「校正」「まえがきなど」。年に4.5点というペースですとおよそ一年中、何かしらやっているわけです。今年はそれがまったくなかったのです。
 今年の大半は「楽園」の作曲で明け暮れました。しかも私史上最大級の「ドンヅマ〜リ」の中で。
とは言いながら毎日1時間から2時間、自然の中を散策していました。
 静かな時をそして自然と対話をする時間をたくさん持ちました。
どんな人でもこんな環境、そして生活をしていると少しは「哲学的?」になるやもしれません。

 以前に聞いた話です。「革命などにおける偉大な指導者は一旦は刑務所などに入った人が多い」のだそうです。
 静かに考える時間、また瞑想を持つことがいかに大切か、ということを物語った話です。
「自然」はストレスを癒してくれます。また「どうでも良い」ことは「どうでも良い」と思えてきます。「高僧」は比較的「長命」の人が多いようです。瞑想の世界は精神から肉体まで人を元気にさせる「力」があるのかもしれません。
 先日の「はとバス」観光では行く先々「人・人・人」で一杯でした。
人はやはり自然に触れたい、憧れる、ということなのでしょう。

 ちなみに「鳩山町」の無料巡回バスは「はとバス」。
 ちょっと「ひらめき!」ました。(?????)
<鳩山秋の観光ツアー>?
「期間限定」「人数制限」食事は前回のHPでご紹介した某大学の「学食にて」。時間は2時間程度。料金は一人「3.000円くらい?(高い?安い?)」。
ガイドは私。今年はもう無理ですから来年あたり・・・・ナンテどんなもんでしょ? 
 鳩山/秋の風景
峰づたいにある林の小径 岩殿観音の樹齢(推定)700年の大銀杏。そして紅葉。
  散歩コースの紅葉
 毎朝、7時頃に私のベットの隅で、私が起きるのを静かに待つマノン。
けっして私を起こそうとしない。
そうして私がやっと起きると階下へ一緒に。マノンの「食事タイム」が始まります。
 それが終わると下の池の畔に「用を足し」に外へ。
丸々と太ってただ今推定体重6kg?。いまやメタポリック猫。
 猫には人間のように「食事制限」ってことはなかなかできないものですね。

 街中では早くもクリスマスソングが流れています。
こんな時期は世の中せわしさがつのり何かと事故なども多くなります。
皆さま、くれぐれも身辺、そして御身大切になさって下さい。

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最近観た映画:読んだ本
映画:DVD「雲の中の散歩」「ラスベゲスをぶっつぶせ」「花嫁はギャングスター」
劇場:「私は貝になりたい」「レッド・クリフ」
本:「藤沢周平著/闇の梯子」「池波正太郎著/雲ながれゆく」「池波正太郎著/夜明けの星」

HP通信NO.178/ 08.11.23
 私の暮らすところは「比企(ひき)丘陵」にあります。「関東平野の果て」のこんもりと盛り上がった丘陵地帯には大学のキャンパスが3つあります。
時折、某大学の「学食」で昼食を食べに行くことがあります。歩いて40分、車だとわずか5分程度。
下は某D大学の学食風景です。メニューが豊富で安くて旨い!。
 サングラスをかけて、見ようによっては「コワそうな中年」がうろつく様を学生の皆さんはどう見ているでしょう。(本当は部外者は出入り禁止なのでしょうか)
 よ〜く見ると(おしゃれ感覚が)昔も居たようなタイプ、それとまさに今時のタイプで髪は金金の男の子たち、女の子もそうです。雑誌から抜け出たような可愛い装いのお嬢さんもいっぱい。(別にそれを目的に行っているわけではありません。
 おしゃれというのは何時の時代も「個性的」であるように見えるけれど、誰かのマネをしているものなのですね。

 私たちの時代もそうでした。
しかし私はあまり「オシャレ」には無関心だったかもしれません。
高校時代は下駄を履いて学校に通い、校内は裸足、しかも坊主頭です。
大学時代は気に入った服を毎日のように着ていました。
髪も長髪で風になびかせたりして・・・・・・。

 学食で若い学生の皆さんを見るとつい昔のことを思い出します。
当時、苦学していたS君は今どうしてるんだろうか、とか。彼は仕送りがなくパチンコで生計を立てていました。今と違って昔は「バネ」で弾くものでしたから技術がいるのです。彼から随分教わりました。
 学食という空間は、かつての学生時代を思い出させる「フラッシュ・バックゾーン」と言えるかもしれません。
が、あまりウロウロするのも考えものかもしれませんね。
09年11月20日ウイーンでのコンサートが決まりました。
 九月初めよりお話があって進めていたウイーン楽友協会大ホールでのコンサートが本決まりになりました。下にご案内いたします。(クリックすると詳細が見れます。)
 昨年4月はプラハのスメタナホールで行いました。
120名の皆さんとともに「般若心経」などを歌ってきました。
参加された皆さんのおかげで大成功でした。今でもスメタナホールで響いたプラハの聴衆の「暖かな大きな拍手」は忘れられません。
 前回は「宮崎」(中村禎子先生)「鹿児島」(田丸寛先生)「京都」(箸尾哲男先生)、そして私が受け持つ「東京」を拠点に練習をしましたが、今回は若干名でも参加下さる方が居れば、その地に趣き練習をする、という方向で考えています。
 関心をお持ちの方、どうか気軽に私の方にお問い合わせ下さい。
 鳩山/秋の風景
最近は朝早く、日の出を見る事があります。
私の部屋から見える11/20日の朝焼け。
毎日、散歩の度に通る一本の大きな立木。毎日少しずつ色が変わってきています。
マノンとヒーマンのその後
拝むように寝ているマノン。
寝ぼけマナコのマノン。
 上の写真は私のベットの上のマノンです。さすがに夜は寒くなってきましたので、夜は暖かな私の寝室に居ることが多くなってきました。
相変わらず宿敵「ヒーマン」に追い立てられているようです。先日もマノンを追いかけるヒーマンに水をかけてやりました。ですがいつもヒーマンは寂しそうな表情をするのです。ナンカ可哀想な気がしてきています。
「保護者」としてどんなものか。「過保護?」 それとも「当然?」
どなたか「猫心理に詳しい方」ご教示下さい。

 秋も深まり寒さも増してきました。
自然の樹々や草花、小さな虫にいたるまでみな冬支度を始めています。人って毎年の事ながら防寒対策は忘れているものですね。少しずつ冬の準備をしようと思っている今日この頃です。
 皆さまも寒さ対応、どうかお手抜かりなく。

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最近読んだ本、観た映画
本:「井上ひさし著/父と暮せば=新潮文庫」「諸田玲子著/其の一日=講談社新書」
映画:DVD「ブロンドライフ」「スウイットニー・トッド」「NEXT」「カンナさん大成功です!」「父と暮せば」「王妃の紋章」「ブラックサイト」

HP通信NO.178/ 08.11.12
秋深まる鳩山近景
 昨日は久しぶりに鳩山荘に落ち着き、時折、陽のさす中を散歩しました。およそ10日ぶりです。
 先週は仙台に居りました。東北の山々もかなり秋の色に染まってきました。
上の写真はいつもの散歩の道です。
これらの風景はお昼ころの写真です。
昼というのにこの長閑(のどか)さです。
 上の写真のように今、私が住んでいる所はとても静かな環境にあります。
たまに街に降り立つと「喧噪」の世界に頭がクラ〜クラ〜とすることがよくあります。
 普段は鳥の声、つい先頃までは蝉の声、そして虫の声が聞こえていました。
そんな自然界の発する音に心地よくすっかり耳慣れておりますので、
人の出す音、街に溢れる音・音楽、電車の音さえも、まるで洪水の押し寄せるごとくそこから逃れるすべはありません。

・・・・・・・時々分からなくなることがあるのです。
 もしかして私は過敏過ぎなの、かな?と。それとも私が正常で、街中で暮らす皆さんが麻痺しているのかナ?と。
 街の喧噪は致し方ないとしても、
 今でも相変わらず電車内や公共の場での「携帯電話」使用を頻繁に見かけます。
しかも電話の声というのはよく透るのですね。
 先日も打ち合わせに入った喫茶ルームで「携帯電話禁止」の札がテーブルの上に立っているにも関わらず、何件も平然と電話をしている人がいました。
 その人は自身で「仕事が出来る人」と思っているかもしれませんが、
そういう「気遣い」のない人に良い仕事など出来るはずはない、などと勝手に思い込みをしてしまう私です。

 また先日、ファミリーレストランに入りましたら、2.3組(?)の親子連れが先着していて、子供たちが仲良く歌を歌っていました。それも大きな元気な声で。
若いお母さんたちはお話しに興じていました。
 見ようによっては特別のことではない、むしろ睦まじい光景として映るかもしれませんが、しかし私にはとても違和感のある光景でした。

 私はもう古い世代に入るのでしょう。
その古い世代の人々は子供の頃から家庭でも学校でも「内と外」とを躾(しつけ)られたように思います。
 電車でも時折お化粧をしている若い女性を見かけます。
 今の世相は「内と外」がごちゃ混ぜになっているのではないかしら、と最近ことに思うのです。TVでもタレントの「他愛のないおしゃべり」を聞かされます。
 
「年寄りの冷や水」という言葉がありますが(ありましたが)、私のこんな「小言」はもう既に「年寄り」の領域なのかもしれません。
ですからそこなのです、時々分からなくなるというのは・・・・・。
 そういう世の中が普通で私が過敏?なのか・・・・・・と。

 自然界は調和の上に成り立っています。自然の中で生活してみてよ〜くそのことが分かるようになりました。
 人間だけかもしれません、そんな調和などに無頓着なのは。

 戦国時代を生き抜いた伊達政宗の家訓というのがあります。
 その中に「この世に客として来たことを思え」という件(くだり)があります。
「仁・義・礼・智・信」についてもとても分かりやすく書いてあるので全文をここにご紹介しましょう。

《仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に過ぐれば諂(へつら)いとなる。智に過ぐれば嘘をつく。信に過ぐれば損をする。気長く心穏やかにして、万(よろず)倹約を用(もっ)て金銭を備ふべし。倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり。
「この世に客に来たと思へば何の苦もなし。朝夕の食事うまからずともほめて食うべし。元来客の身なれば好き嫌いは申されまじ。」今日の行(ゆく)をおくり、子孫兄弟によく挨拶をして、しやばのお暇(いとま)申すがよし。》

「この世には客として来たと思え」という言葉は、今の世に至っても尚ズシっと心にきます。
 こういう先人たちの精神を私たちは学びたいものです。
写真:威(タケ)成一君。
 最近、この辺のボス猫「ヒーマン」が頻繁に我が家の周りをうろつくようになりました。「ヒーマン」は茶トラ猫。顔は中型犬クラス。スッゴイ面構えです。
 マノンは何度も痛い目に合っているせいか(それにまだ子猫?の領域)、ヒーマンが来ると逃げるようにしています。(ちなみに肥満猫なのでヒーマンと私が名付けました。)
 私も親バカ?というのかヒーマンを見ると水をぶっかけ追い散らすようにしています。
 ヒーマンには何の恨みもないのですが、マノンの「縄張り」を私も守ってやらねばなりません。
 私が在宅している時は私の傍を離れません。
 留守の間、さぞやストレスが溜まっているやもしれません。

 しばらくは家に居て、このところ滞っている仕事に取り組むつもりです。
秋の鳩山荘はこれから毎日が楽しい季節となってきました。

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最近読んだ本、観た映画
本:「代表作時代小説ー平成14年度=日本文藝家協会編」
映画:DVD「バイオハザード3」「Xmen-fainal」「猟奇的な彼女」

HP通信NO.177/ 08.11.1
秋の鳩山近景
大分葉が落ちてきました。風に揺られて葉が一枚一枚ヒラヒラと落ちてきます。
「懐かしいところに帰るように・・・・・・」
秋は人を詩人にさせますね。
 最近、ヘルマン・ヘッセの「老年の価値」という本を読みました。
あまりに素晴らしい言葉がたくさんあったのでここで少し紹介させていただきます。

『成熟すると人はますます若くなる〜』

『《青春》とは、私たちの心の中の大人になっても変わることのない子供らしさです。そしてその子供らしい部分が多ければ多いだけ、私たちは冷静な意識をもった生き方をしながらも、よりいっそう豊に生きることができます〜』

『子供時代には、誕生日から次の誕生日までが何と長かったことだろう! 年をとると、年月がとほうもなく早く過ぎてしまう一方で、日々や時間がしばしとてもゆっくりと過ぎていくという矛盾をよく感じるようになります〜』

   
私はヘッセの作品を多くを読んでいるとは言えませんが、後半生を自然の中で過ごしたヘッセの生き方やその考え方に共鳴するところ大です。
次の一文もとても気に入ったものです。

『この世は私たちにもうほとんど恵みを与えてくれません。この世は、ただもう喧噪と不安から成り立っているようにしか見えないこともしばしばです。けれど草や木はそれでもやはり成長します。たとえいつの日か地上がすっかりコンクリートの箱で覆われてしまうようなことがあっても、雲のたわむれは相変わらず存在するでしょう。そしてあちこちで人間は芸術の助けをかりて神性なものに通じる扉を開けておくでしょう。』

    いつの時代も「芸術」は人の生きる世界において常に「理想」の世界を目指してきたと私は思います。理想を持って建てられた「国」も、「宗教」さえも時に盛衰を繰り返す中で、脈々と「理想」「幸福」を追い求め続けて来ているのは、人間にとって芸術だけではないかしら、と考えているものですから、上の言葉からさらに元気をもらいました。
鹿児島にて
29日、鹿児島で田丸寛先生とお会いし、来年のウイーンでの「Chorus Japan Day(仮称)」について意見交換をしてきました。
 昨年のプラハでのコンサートでは田丸先生はじめ鹿児島組の方々の多くの参加を得、盛り上げていただきました。
 芋焼酎を酌み交わしながら、田丸先生とはいつものごとく楽しく時間を過ごしました。
田丸先生とそのお仲間たちと。(室内が暗くてボンヤリとして残念ですが)
昼寝のマノン。手がお行儀良く「ネコ」してます。
 早々とストーブを出しました。寒がりなネコはストーブの前が好きなのですね。
また朝方、私の布団に入ってくるようになりました。
 しかしながら寝相の悪い私にはじき出され、いつもベットのはじっこで寝ているマノンです。
季節の変わり目は体調も崩しがちです。
私自身もそうですが、皆さん、どうか充分にご注意を!。

 記念番号「170.000番」をゲットされた菊地一也さんのご紹介を「更新履歴」の下にアップしました。
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最近読んだ本、観た映画
◎本:「山本おさむ著/わが指のオーケストラ1〜3=漫画(秋田書房)」
「ヘルマン・ヘッセ/老年の価値(岡田朝雄訳)=朝日出版社


HP通信NO.176/ 08.10.23
楽園/初演!!!
10月19日、福井コールアカデミー委嘱の
「混声合唱とピアノとマリンバのための楽園」が
成功裡に初演を終えました。
 会場は福井市内の「県立音楽堂ハーモニーホール大ホール」。
大勢の観客の皆さんの前で、福井コールアカデミーの皆さんの熱唱で大いなる産声を上げました。
左はそのプログラム。
題字は指揮者の松村先生のお嬢さんの松村梨絵さん。
 上の写真は打ち上げ風景。
後列左から当日2ステージでセンセを担当された谷口薫里さん、マリンバの山崎智里さん、楽園のピアノ小林祥子さん、団長の斉藤厚一さん、地蔵礼讃のピアノ岡 茜さん、前列左から地蔵礼讃の指揮の野村輝さん、楽園指揮の松村勇先生、そしてワタシ。
 第一ステージでは「地蔵礼讃」が演奏されました。
この作品は20代の作品で、私にとっては原点ともいえる作品です。聴く度に作曲当時のことがまるでアルバムでもめくるように甦ってきます。

「楽園」はこの一年をかけて自身でテキストを作り作曲したものです。このHPでも度々作曲経過などをお知らせしてきました。いずれ皆様の耳にそして目に触れていただきたいと思っています。

 10月16日より仙台→福井→大阪→宇治→京都とまる1週間旅の空の下におりました。連日、暑い日和でした。
20日、大阪で当間先生とシュッツの皆さんと「音楽ほほえみ基金事業」のCD制作の打ち合わせ。「日本/こころのうた」は来年春を目処に発売の予定。
当間先生と私とですべて「新編曲」「新録音」で制作します。どうかご期待下さい。
当間先生と大阪シュッツのCD制作スタッフの皆さんと。
当間先生行きつけの「焼き鳥屋」さんで。
     
21日、京都にて箸尾哲男先生(左から二人目)そしてお仲間たちと。
来年ウイーンでのコンサートを準備中です。「Chorus Japan Day(仮称)」。
近いうちにこのHPで詳しくご案内する予定です。
 昨年のプラハでのコンサート(チェコ・日本親善演奏会)では箸尾先生率いる京都組の方々に参加していただきました。来年ウイーンでのコンサートについて楽しく意見交換をしました。
京都、清水寺近くのおしゃれなお店で。
 16日に記念番号「170.000番」が出ました。(ゲットされた方は札幌市のKIKUCHIさん、次回の更新の時にご紹介をさせていただきます。おめでとうございました。)

 1週間ぶりに鳩山荘に帰りました。
木々は若干色づいたようにも見えます。また静かな生活にしばし戻ります。
 最近は街に降りると「喧噪」社会に頭がクラクラ〜としてきます。
それだけ普段、静かな環境に居るということです。ここしばらく、上でご紹介したように、おいしいものをたくさんいただき、楽しいお酒も飲み、ちょっとオナカが膨れたかナ〜?という生活でしたので、しばらくは健康的(?)に野菜をたくさん食べれる「鍋」そして散策の日々に戻ろうかと思っています。

 帰るとマノンが待ちわびたように駆け寄ってきました。
もう留守番には慣れっこになったようです。
いつもながら近所のTさんのお世話のたまものです。
テラスでボヤーッとしているマノン。
何かを見てる?
何かを考えてる?
何かを思ってる?
イヤ、猫は時々こういう「何も見ず、考えず、思わず」の表情をするのですね。
10.13威(タケ)君撮影
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最近読んだ本、観た映画
◎本:「藤沢周平著/夜の橋」「藤沢周平著/玄鳥」
◎映画/劇場:「おくりびと」「アイアンマン」

HP通信NO.175/ 08.10.12
サンフラワー女声合唱団演奏会
 4日は仙台の「サンフラワー女声合唱団」のコンサートで客演指揮をさせていただきました。
 12.3年前に仙台の隣の多賀城市で、有志の方々のお招きで自作を指揮させていただきましたが、仙台市内での客演指揮コンサートはこれが初めて。
 私のステージでは「Ave Maria」「ほほえみ」「二度とない人生だから」を歌って下さいました。コンサートは皆さんの熱演で大成功。ほぼ満員のお客様からは惜しみない拍手をいただきました。
打ち上げ風景。携帯で撮ったものですのでかなりのピンボケになってしまいました。
お顔がボヤけていてサンフラワーの皆さんスイマセン。
私より向かって左一人おいた方が姉歯けい子先生。
 常任指揮者は姉歯けい子先生。私は青年時代、ヴァイオリン、またヴィオラなどを抱えて仙台市内のさまざまな音楽会に頻繁に出演していました。その折によくご一緒をさせていただいたのがソプラノの姉歯先生です。
 とくに東北学院大学の礼拝堂で年、数回行われた「オルガンとカンタータの会」では毎回のようにご一緒させていただきました。懐かしい思い出です。先生とは30年ぶりの再会となりました。
 楽器屋で見かける楽譜棚で「鈴木憲夫」という名を見てはいたものの、それがまさかあの青年だったとは・・・・と。昔とまったく変わらぬ姉歯先生とひととき懐かしく語らいました。

 プログラムには今井邦男先生からも温かかなメッセージが寄せられました。
仙台在住の今井先生は全日本合唱連盟の副理事長として今や東西を駆け巡りご活躍中です。今井先生には私が10代の頃、和声学など、作曲の基礎を教えていただきました。
 月日は30年を経て、姉歯先生、そして今井先生から、私はいつのまにか「鈴木先生」と呼ばれて・・・・身が思いです。

 風景は次第に風化していきます。昔「かっぽ」して歩いた仙台の街も変わりました。どんなに新しいきれいな街になったとしても私の記憶の中では風化していっています。
しかし若い時の「思い」は今も変わらず心に刻まれています。それは終生変わることはないと思います。おそらくどの人にとっても。
「般若心経」の作曲は10代の頃思い立ったものです。そして今計画しているものもそうです。
 今の私は、その若い頃憧れた世界に生きているような気がしています。
それもこれも今は亡き家内のことを思わずにはいられません。
 9日、元カワイ編集の松野満男氏が鳩山荘に泊まりに見えて虫の声をBGMに久々に酒を酌み交わしました。
 そしてポツンといみじくも彼はこう言いました。
「人生は長い滑走路があるほど高く飛ぶ」と言うけどその滑走路は「美智子さんが一緒になって作ってくれたんだね」と。

 仙台でのコンサートでは家内を知る多くの人が応援にかけつけてくれました。
皆さん一様に私の作品に、私の指揮に、家内の面影を見たようです。
              
松野さんと夕方家の下の池を散歩しました。マノンがついてきます。
松野さんが言いました。
「こんなネコはじめてだ〜」
「なんか宿ってんね、このネコに」・・・・・・。
10.13/威(タケ)君写す。
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最近読んだ本、観た映画
◎本:「浅田次郎著/あやし うらめし あなかなし」「中武千佐子著/だんだん服」
◎映画/劇場:「ウオンテット」

HP通信NO.174/ 08.10.2
 急に寒くなりました。先週は仙台に3泊、ついにストーブ点火。薄手の衣類しか持ち合わせず長袖のシャツを買い求めたりました。仙台空港から小松空港へ。福井では新作「楽園」のリハーサルに立ち会ってきました。やはり福井も寒かった。福井では「あわら温泉」に宿泊。仲居さんがお世話してくれる旅館とはいいものですね。久々にゆったりとした気分を味わいました。これも作曲の労をねぎらう福井の皆さんの取り計らいによるものでした。
 福井コールアカデミーの皆さんは演奏会を目前に熱心(熱烈)に取り組んで下さっています。
 作曲を終えて私の方は一息ついていますが、あとは皆さんにバトンタッチ。特に今回は作曲の遅れのため皆さんには並々ならぬご苦労をおかけしております。
 新作「楽園」の産声の時も間近です。同コンサートでは「地蔵礼讃」も演奏されます。
お近くの方、宜しかったらお出かけ下さい。
「音楽ほほえみ基金」事業「ふるさとCD(仮称)」制作開始
 福井の帰りに大阪で当間先生はじめ大阪シュッツの方々と「CD制作」についての打ち合わせを行ってきました。
来年春の発売を目標にしています。
収録曲は「ふるさと」「赤とんぼ」「春が来た」など17.8曲。編曲は当間先生と私。この2年ほど少しずつ準備を重ねてきたものです。
このHPでも制作過程をご報告していくつもりです。
一般にも販売予定ですが、全国の介護施設などに寄贈する目的で作られるものです。音楽(合唱)の持つ「力」で多くの人の心に「ほほえみ」を、というのがこの事業の趣旨です。
       
またもや「紛失物」で人騒がせ。
 8月の北海道行きでは「財布」を忘れ、今回の仙台→福井→大阪の旅では「手帳」を落とし、またまた多くの人にご迷惑をかけてしまいました。
 来年のスケジュールを確認するために関係筋の方々に随分とお騒がせしてしまう始末に。結果、紛失に気付いてから3日目にして仙台空港から小松空港行きの飛行機の中で落としたことを確認。本当にまたまた多くの人にご迷惑をかけてしまいました。
「今識行(こんじきぎょう)」などと仰々しく宣(のたま)った割にこんな程度ですから「赤面の態」です。(「今識行」については「HP通信」No.170.171号に)
                              
21歳チコちゃん逝く
 かつての我が家をご存知の方にとってはお馴染みの、そして多くの皆さんに可愛がられた雌猫「チコちゃん」が9月29日早朝に逝きました。21歳でした。
 「乳母日傘(おんばひがさ)」で育った猫なものですから、食事のことトイレのこと、など、旅の多い私には常に気にかかることでした。予定を繰り上げて家に帰ったことも度々ありました。ついに面倒みれないと思い極め、仙台・利府の実家に疎開させたのが昨年3月末。当時の私はかなり疲労の極地にもありました。
 その方が「チコちゃん」にとって幸せだったと思います。両親が大切にしてくれたお陰で「21歳」という長寿を全うできたのだと思います。
 死ぬ前には私のところにも挨拶にきました。両親にもそれぞれ挨拶をして逝ったようです。「チコちゃん」との最後の別れは9月27日。食欲もなく歩く姿もおぼつかなく、「ああ、これでチコちゃんともお別れかナ?」と思いつつ家を出たのでした。
 眠るように静かに旅立ったということです。今頃、家内の腕に抱かれ気持ちよく寝ていることでしょう。
 一時期、さいたま市の鈴谷の家には猫5匹がいました。「シシ丸、マオちゃん、ポッポ、リボン、そしてチコちゃん」。みんな逝きました。みんなの居た家は明るくて賑やかでした。
 あちらの世界では「お父ちゃんは居ないけどまたみんなでそろったね」と仲良くやっているかもしれません。
 マノンは最近は寒さのせいか動きも鈍く寝てばかりいる「寝子(ネコ)」になりました。
オナカはまるで「メタポリック腹」。体重はゆうに6Kgを越えたかもしれません。
 10月はコンサートやコンクールの審査など、まだしばらくは忙しさが続きそうです。
どうか皆さん、季節の変わり目、御身大切になさって下さい。
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ◎最近、映画、本は目の疲れのためしばしお休みをしています。普通のペースに戻ったら「再開!」。

HP通信NO.173/ 08.9.24

鳩山・小さな秋の風景
 林の中に入ると蝉がまだ啼いています。木の葉も少しずつ落ちてきました。秋の色に染まりつつある「鳩山・小さな秋の風景」です。
「トロッコの駅」(実際走っているわけではありません)が峰の林の小径にあります。下の写真はよく散歩する小径に点在している風景です。
鷺の停車場。
銀河ステーション。
終着駅。
天の川ステーション。始発の駅。
銀河の丘。峰伝いの道のなかほどにある不思議な空間。
  

 作曲を終えましたので(それも大分予定が遅れて)、前々からの懸案だった「音楽ほほえみ基金事業」である「ふるさとCD(仮称)」の制作準備に入りました。
 この事業は「CDブック/般若心経」の売上金を基に、「ふるさと・赤とんぼ」など「日本の歌」を中心にしたCDを、全国の介護施設、医療機関その他に無料で頒布し、多くの人の「心の安らぎ」を、と願い制作するものです。
 録音には「大阪シュッツ室内合唱団」の協力を得て、編曲は指揮者:当間修一先生の編曲をいくつか使わせていただき、また私が担当してこの2年近く準備をしてきました。
 苦節2年を経てようやく実現に向けて活動を開始したところです。
いずれこのHPでもその内容をご紹介させていただきます。

                    

 次期政権を巡り政治家の動きも活発ですが、どうして皆さんあんなに「声」が悪いのでしょう。「声音(こわね)」「話し方」はその人の「中身」が現れるというのに、政治家の皆さんは意識しないのでしょうか。
 声を聞くだけでも「心地よくない」し、話し方も(国民に向けてではなく)ストレートではない。常に意識が「仲間内」に向かっているから(?)「客観」した姿が見えないのでしょうか。その点、というわけではありませんが、アメリカの大統領選など「しっかりとした声」で「しっかりと民衆の心をつかむ」ことが「政治家の必須」であるかのような姿に、私はある種のうらやましさを感じます。

                  
マノンは相変わらず元気です。
最近は天気が悪い日が多いので、外を眺めている姿がやや寂しげに見えます。
 秋はコンサートなどで家を空ける日も多く、マノンにはまだまだひとりぼっちの日々が続きます。
 先日、聞いた話。「お隣り」の庭を時折「トイレ」にしているとのこと。
早速、お隣の庭の「その場所」にネコよけマット(プラスチックのトゲがある)を敷いたばかりです。
 すっかり「自然の中でトイレ」を済ませているのとばかり思っていたのでしたが・・・・・。「雨の日」などつい近場で用を済ますのでしょう。やはり家の中に「トイレ」を作ってあげなくてはいけないかしら、と最近考えているところです。
もう家族なのですからね・・・・・
                   

 秋の色に染まる鳩山荘でしばしゆったりしましたが、永いことと滞っていたものに、また少しずつ取り組んでいるこの頃です。
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 ◎最近、映画、本は目の疲れのためしばしお休みをしていましたが、普通のペースに戻ったら「再開!」。


HP通信NO.172/ 08.9.13

あいにく当日の写真が手元にありませんので、まずはプログラムのみ。(届き次第アップする予定です。)
  

 7日は宮崎にて「コーラス・inみやざき」(楡の会主催)に出席しました。
「ほほえみ」「二度とない人生だから」より数曲ずつ、最後には参加者全員(270名)で「二度とない人生だから」を客演指揮しました。
満員の会場、ステージも熱気溢れんばかりの演奏で大盛会でした。

「宮崎には何度目ですか?」との問いかけに「??もう数えきれないくらい」とお答えするくらい、「宮崎はまゆう」(指揮者:中村禎子先生)とのご縁が深く、今回も楽しい宮崎滞在となりました。
 特に今回は高千穂に足をのばして来ました。その様子はこのHP通信の下にご紹介します。
  

 ようやく「楽園」(混声合唱とピアノとマリンバのための)が完成しました。
初演の「福井コールアカデミ−」の皆様には完成が遅れご迷惑をおかけしました。
 この1年あまりしばらく作曲から遠ざかっておりましたので、まるでマラソンランナーが日々のトレーニングを怠って大会に参加するような苦しい「闘い」でもありました。
 今はただただホっと一息ついております。
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 福田総理が突然辞められましたが「またか〜」と。
「政治家」とは気楽なものですね。自分が辞めても「代わり」がいるのですから。
ということは「ニセモノ」なのです。「本物」に代わりはいないのですから。
 日々の生活の中で「誰でも」逃げ出したい一面がきっとある筈です。それが出来ないから「苦しみ」も「苦悩」もさらに「ストレスで病気になる人も」いるわけです。
福田(元)総理は職を辞めても、相変わらず議員として生き、生活にも困らることはないでしょう。「何と無責任な!」という世間の「罵倒」にも平気で生きられる、このことを「厚顔無恥」というのですね。
 今や「政治は何もしない」の問題ではなく、こうした「姿」を国民に見せること自体、最大の「悪」と言いたいところです。
 人の生活はみな自分の「代わりがいない」というところで踏ん張っているのですから、今回のような「茶番劇」は「呆れる」をとうに通り越しています。


高千穂ミニ・スナップ
 8日、延岡市の合唱団「コールベル」の指揮者:佐藤直子先生ご夫妻はじめ、代表の道倉さんのご案内で楽しい高千穂ツアーとなりました。
 「楡の会」事務局の黒木さん境田さん日南市の西村先生もご一緒して下さいました。
 宿は団員の大神(おおが)さんの別荘。これがまた海の見える素晴らしいお宅で、翌朝、朝日を拝みました。
天の岩戸(アマノイワト)神社前で。
奥の社殿のまたその奥から「天岩戸」が見えます。
まさに秘境。「気」が充満した場所でした。
天安河原(あまのやすかわら)
無数に積み上げられた小石の塔。
仏教でも「賽の河原」があるように、神道にもこうしたものがあることを初めて知りました。
この場所も何ともいえぬ「気」が充満していました。
阿蘇山の噴火でできた自然の名勝。真名井の滝。
ボートで近くまで行く事ができます。
この日、月曜日でしたのに大勢の観光客。
下からはボートの岩にぶつかる音、キャーキャーと賑やかな声が。
国見ヶ丘にて。この日、天気がよく360度、霧島、阿蘇が遥かに見渡せました。
 大神(おおが)邸。普段は住んでいないお宅だが、コールベルの皆さんの練習場となっているそうです。
8日夜、庭では佐藤先生のご主人が炭火焼き。コールベルの団員も参加しての賑やかな宴となりました。
9日朝、庭で。(大神さん写す)
 

 蝉が啼き終わらないうちに作曲の完成を、と心に期していましたが、今も遠くから蝉の声が聞こえてきます。もう秋です。蝉の声が何やら弱々しく聞こえます。
 このところ留守がちです。ご近所のTさんは私が留守の間、マノンを散歩に連れて行ったりと何かとお世話して下さいます。

先日も「行ってくるよ」と言ったらいつものように「ツマラナそうな」表情をしてました。

 今回の作曲が思いのほか時間を多く取ってしまったため、次のまた次の次の仕事も遅れています。ほんの少し「憩い」の時を持ち、次の仕事へと向かいたいと思っています。
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 ◎最近、映画、本は目の疲れのためしばしお休みをしていましたが、普通のペースに戻ったら「再開!」。


HP通信NO.171/ 08.9.2

福井コールアカデミーの皆さんと。
私の奥に立って居られるのが指揮者の松村勇先生。
23日、福井コールアカデミーの練習場にお邪魔をしました。
10月19日の演奏会では「地蔵礼讃」と新作「楽園」が演奏されます。
「楽園」は委嘱初演です。まだ未完ですが殆ど最後の方まで楽譜をお渡しています。
今回は「地蔵礼讃」と新作の「出来た分」までの練習に立ち会わせていただきました。
 翌24日は福井市内の女声合唱団「もんしろちょう」の皆さんの「マザーテレサ愛のことば」の練習にも立ち会わせていただきました。
 いつもながら多くの皆さんの歓待を受けてたくさ〜ん美味しいものをいただき、そしていつもながらやや小太りになって帰ってきました。
  

 最近は飛行機で出かける機会のある時は「仙台空港」を利用しています。
空港まで利府の家から車で30分。空港の駐車場も一日500円と安いのです。
 鳩山から羽田までですと2時間以上もかかりますのでかなり楽。

 前回、「今識行」(こんじきぎょう)なるものをここでご紹介、そして書きました。
それの延長(?)と言おうか先日興味深い話を聞きました。
「腕立て伏せ」や「懸垂(けんすい)」など、
◎「もうダメだ〜」「手が痛い!痛い!」などと言いながらやるのと
◎ただ歯を食いしばって頑張る!
とでは「もうダメだ〜」というタイプの方が少し持続するらしいです。
「脳」でどのような受け止め方をするのでしょうか。
言われてみれば「柳に風」「立ち木は折れる」との言葉があるように、
「柳の木」は風に激しく揺られようと折れませんが、「立木」は激しい風に向かうほどに「ポキっ」と折れやすいとも言えます。
ですから「頑張るゾ〜!」という心意気は良いとして、あまりに「真っ向から立ち向かい」過ぎると「ポキっ」と折れやすい、ということも言えるわけです。適当に「弱音」を吐きながらも、それこそ「今識行」ではありませんが、「今私は〜〜をしている」。もし痛い思いをしているのなら「今私は痛い!」とボヤくのも結構ヨイことなのかもしれません。

 オリンピックも終わりました。やはり私たちは「人」に感動するのですね。
「人の素晴らしさ」というものに今回も多くの感動を得ました。が、しかし、私は正直、「オリンピックというものはキライ」なのです。自国を応援し、誇りに思い、こぶしを上げて熱狂する姿と、かつての「ヒットラー」や「日本の戦前」などの映像とが重なりあって見えます。
 いつも人間はそうした「熱狂」時に「狂気」で、知らず知らずの内に争いや戦争を繰り返すのではないだろうかと。
「考え過ぎ?」と言われたらたしかにそうかもしれません。が、いつもそれは思うことなのです。さらに自国に帰れば「世界が一つになったような気分」を忘れたかのように、戦争を続ける国もあります。
「オリンピック精神」は人間にとって「理想」を教えてくれる良い機会なのに、とも私は思うのですけど・・・・・。皆さんはどう思われるでしょう。

 最近雷が多いですね。一説には「北京オリンピックを晴天にするという理由で太平洋高気圧を吹き飛ばすロケットをすごい量打ち上げた影響だろう」と言われています。
本当に想像できないことを中国という国は考えるものですね。
 それを聞いて「秦の始皇帝が万里の長城」を作ったことと、ふと頭のどこかで重なりました。これも考え過ぎ?

  

 先週の30日から昨日の9月1日までコンクールの審査などで家をまたまた留守にしました。マノンはすっかり慣れっこになっているのか、
それとも「呆れている?」または「諦め?」また「達観?(・・・ということはないだろうけど)」。
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自然観察しているわけではありません。蝉が生け垣に迷い込んだようです。 朝、知らず知らずの内にこうしてベットの傍らで私が起きるのを静かに待っている。 それでなくともピアノの上はただ今作曲しているものの「書き散らし」の山。マノンはどこでも「遊び場」にしてしまう。

 蝉が弱々しく啼いています。蝉が啼き終わるまで今の作曲を終えようと思っています。
はたして「蝉が勝つか」「私の作曲の完成が先か」 目下「競争中!」
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        ◎最近、映画、本は目の疲れのためしばしお休みをしています。


HP通信NO.170/ 08.8.21

 先日、8月12日函館、13日札幌と当間修一先生率いる大阪H.シュッツ室内合唱団の北海道公演に立ち会ってきました。
 函館では「永訣の朝」札幌では「永久ニ」などが演奏されいずれも「大成功!」をおさめました。(15日は釧路公演だったのですが私は残念ながら釧路には同行できませんでした。釧路での曲目は「永久ニ」。)
 この合唱団の素晴らしさを再認識するコンサートとなりました。
私の作品の完成度の高い演奏は申すまでもなく、これまで幾度か聴いた中でも秀逸な演奏でした。
 函館ではご一緒した千原英喜氏の新作「月天子」が初演されました。
とても不思議な魅力的な作品でした。初演ではこの作品の持つ何やら不思議な世界に合唱団員もおそらく戸惑いもあったのか「普通にきちんとした演奏」ではありました、が、
翌日の札幌のkitaraホールでのリハーサル、そして本番と、この曲を演奏する毎に素晴らしい変貌を遂げたことに驚きました。
 一人一人の声が一つの響きとなり、まるで一つの楽器から発せられるような、そしてその「響きの陶酔」を各人が客観化するかのような演奏。
見事でした。そして皆さんと楽しい2日間を過ごしました。
 もちろん美味しいものもいただきました。しかし皆さんは「演奏者の身の上」。
「すすきの」を「充分に堪能できなかった」のはちょっと残念といえば残念だったかナ?と。

12日、函館公演の終わった後ホテルで。千原英喜氏、当間先生と。
13日、当間先生と。函館空港にて。札幌丘珠空港までおよそ40分。
  

 今回は仙台から電車で函館に向かったのですが、何と「財布」を利府駅に丸ごと忘れてしまいました。しかし無事に保管されており「安堵」。
「作曲のことで頭が一杯」で、ついこんな成り行きに。何事かにとらわれているとこういうことってあるのですね。(私は常にポカばかりしていますが。)

 以前、私の恩師の「藤倉良栄庵主さま」からこういうことを伺いました。
「車を運転している時は《今私は車を運転している》、食事をしている時は《今私は食事をしている》」と、ことごとく今の自分に言い聞かせるようにするのだそうです。
 それを思い出しました。それで今私も何かにつけ《今私は〜〜している》と言う事にしています。「今駅の階段を登っている」「今suicaのカードを上着の左ポケットに入れた」というよう具合に。
 藤倉先生は曹洞宗・永平寺で修行をされた方ですが、このような修行方法ってあるのかないのか、藤倉先生の独自のお考えなのか、私はそれに「今識行」(こんじきぎょう)と勝手に命名しました。
 考えてみればこれはとても大事なことなのですね。
以前にこのHPで「縁」を知る言葉として「おかげさま」について書きました。「おかげさま」と言うことでその人との「縁」がみえてくる、という。HP通信内/No.156/4.13日
「今識行」でも同じようにとても大切なキーワードがあることに気付きました。
それは難しく言えば「今、自分が在る」ということ。

 このHPでは時折そんな宗教めいたお話が多いと思われる方もお出でのことと思いますが、私は特に○○宗教というものには属してはいません。
「音楽を作る」ということはとても「論理的」なことです。
「人の幸せ」も「法則」というものがあると思っています。
私にとって音楽を作ることも、そうした様々な考え、(また料理に関しても)私にとって同じ次元でのことと思っています。

「今私は〜〜をしている」ということ、どうか日々の生活の中でお試しなってはいかが?

                       

 作曲もようやく佳境に入りました。もうすぐ完成する「はず」です。
演奏団体の方にはもうしばらく「ほんのしばらく」またご猶予をお願いしたところです。
 季節が夏からもう秋の気配に変わってきました。
自然は静かに巡ってきます。蝉の声も幾分弱々しくなり、マノンは最近「バッタ」をよく捕まえてきます。
もう「秋」なのですね。マノンが教えてくれました。
また明日よりしばし家を留守にします。
マノンの「ア〜ア〜つまんないナ〜」の声が聞こえそうです。

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◎最近、映画、本は目の疲れのためしばしお休みをしています。


HP通信NO.169/ 08.8.11

・・・・・・・・・・・「マノン、蝉取りで大忙しの巻」・・・・・・・・・・・

 最近、マノンは蝉取りで大忙しです。見ているとスッゴ〜イ!!。
低空で飛んでくる蝉をジャンピングキャッチ。そして啼いている蝉を口に加えて家に持って来るのです。
「ミ〜ンミ〜ン」と啼く蝉を口にくわえるものですから、その啼き声が口の中で共鳴して「ギュイ〜ンギュイ〜ン」と何とも形容しがたい啼き声に。蝉も必死です。
 その蝉を私の前でわざとらしくポトンと落とす・・・、途端に蝉は部屋の中を飛び回る・・・、マノンは「目を点」にして周りには目もくれず追いかける・・・、ピアノの鍵盤の上にも夢中で駆け上がる(突然のスゴイ音で吃驚!)・・・・・・、
                私は蝉を逃がしてやろうとおいかける・・・かくして家の中では一日何回も大運動会が始まるのです。

 夜、テラスで獲物待ち(?)のマノン。昼間は暑いので寝てばかりですが、夜になると元気!。



 散歩をしていると蝉の「亡骸」をたくさん見かけます。1日に10匹くらい(大げさではなく)
 想像ですが、蝉は飛びながら「ミ〜ンミ〜ン」と最後にひと啼きしてそのまま道路に落ちるのかしら、と。みな「仰向け」です。
 木にしがみつくように「往生」している蝉は見た事がない(私の知るかぎり)
落ちている蝉の亡骸を見かけると私は必ず近くの茂みに置いてやります。

「蝉」について忘れがたい想い出があります。
私の「般若心経」のCDブックをお求めの方はご存知だと思いますが、その中の「作曲ノート」に次のようなことを書いています。(抜粋)

「般若心経の作曲に着手してからしばし、この大それた《冒険》に後悔さえしていました。
般若心経は私にとって十代から親しんできたお経です。いつかこれを音楽にと思っていました。
しかし《私にはまだ無理だったのだろうか・・・・・》と。
 そんな中、いつものように塩竃神社(仙台/利府の仕事場より徒歩30分)に散歩に行きました。木立で覆われ、陽もささない、いつもの薄暗い小径に入った時のことです。
蝉の大群!。その凄まじい蝉の鳴き声で一瞬めまいを覚え、別世界に迷い込んだような錯覚にとらわれました。それはまるで読経のようにも、また《叫び》のようにも聞こえました。
啼かずにはいられないとでもいうように。啼く事でしか己が命の在処(ありか)を証明できない、 とでもいうように。

その時ふとある言葉が脳裏に響きました。
《人も啼かねば・・・・・・・・・・》と。
《今の自分で描ける般若心経を書けばよい》と。

 蝉は何年も土中に潜伏した後、わずか一週間ほどで命を終えます。
人の命も、この地球、人間の歴史からみれば《蝉のわずか一週間》ほどと変わりがないかもしれない。
蝉のように今、生きていることを《謳わねば》と。」

 蝉から教えられました。
蝉が啼くシーズンを迎えると私はいつもその時のことを思い出します。

                

 さあ!夏もそろそろ終わりに近い!
今日これから仙台→函館→札幌→仙台と出かけます。
 函館、札幌は「大阪シュッツの北海道公演」に立ち会うためです。(ちなみに釧路公演もあります。)
 このお誘いをいただいた時は大分迷いました。なぜなら「まさか今やっている作曲が終わらないということはないだろうけど・・・・・」と。「でもまさか、ということもあるし・・・・」などなどと。
 現実、その「まさか」になってしまいました。
しかし折角の機会ですから、「良い意味での気分転換」にしたいと思っています。
 もちろん旅先でも時間の許すかぎり作曲をするつもりで準備をしていきます。
いよいよ作曲も大詰めに入ってきました。
 次回のこのHP通信では「大阪シュッツの北海道公演」のことをご報告できると思います。

マノンは蝉を取っても「誰も騒いでくれる人」が居ないので・・・・はたしてどんな1週間を過ごすんでしょう・・・・・・・・。
もしかして家に帰ってみると蝉の残骸があちらこちらにあったりして。
 1週間の自分の成績を私に示すために。
 
                     
また留守番かよ!!!

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◎最近、映画、本は目の疲れのためしばしお休みしています。


HP通信NO.168/ 08.8.3
     「おかあさんカンタートinおびひろ」会場にて。7.27日。
左より中村義郎先生、岸信介先生、ワタシ、浅井敬壹先生、加藤靜一先生。

7月26日、27日は帯広にて「おかあさんカンタート」が開催されました。 
昨年の大分に続き、今回も講師としてお招きいただきました。
 講師は岸信介先生、浅井敬壹先生、鈴木捺香子先生、とワタシ。
全国から集まった熱心なおかあさんコーラスの皆さんと楽しい二日間を過ごしました。
帯広はまるで「秋」のようでした。

 帯広では当地の合唱連盟の皆さんの心づくしのおもてなしをいただき、連日美味しいものをいただき、少し顔がまんまるになって帰って参りました。
栄養過多は私のバヤイ「下膨れ」の顔に跳ね返ってきます。
 私の講座の曲目は「茜の空に」「マザーテレサ 愛のことば」。
受講者の皆さんと練習したものをコンサートでご披露するのですが、短い時間の練習にも関わらず、皆さんの熱意で大変感銘深い演奏ができたと思います。

 いつも思うことですが、人というのは「思い」の生き物だと思うのです。
「思いが通じ合うこと」は普段はなかなか実感できないことでもあります。
「言葉だけでは」なかなか「思い」は伝わらないものです。ですが音楽は違うのですね。
 私は「自身で幸せだと思える」のは自分の作品を自身で指揮をし「音楽を通して」演奏者の皆さんと「思いを通じ合える」瞬間、これを経験できる素晴らしさをいつも思います。

 私は「本番大好き人間」。そしてステージでの燃焼度は「身体の免疫度」が見事に上がっていると私は確信しています。
 昨年のプラハ公演では、出発前に「扁桃腺」が腫れて普通の薬では効かず点滴を受けながらの渡欧でした、が、スメタナホールでの本番を終えた瞬間、唾も飲み込めない程苦しんだ「喉の痛み」がきれいさっぱり吹き飛んでしまっていました。
「ウソのようなホント」の話です。

 27日、会の終了後「北の屋台」で。
私の隣が山形の吉田ユカリ先生、大嶋恵一先生、大木秀一先生
立ち姿の美人群はコール・ベルのメンバーの(左から)児玉さん、山津さん、宮北さん、(写真は松田さん)
 
涼しい屋台でた〜くさん美味しいものを、そしてお酒もたっぷりいただきました。大ノリの一夜でした。
                

最近、気に入っている朝食。
シジミ汁に
・メカブ・納豆・刻みネギ・梅干しが入っている。
右皿には「玄米おにぎり」(みそ味、塩味、ゆず胡椒入りなど)
他に「酵素入り野菜ジュース」
この日は「一口カツ」付き。
散歩の途中みつけた「空蝉(うつせみ)」。以前作った句
「空蝉をそっと小枝に戻しやり」
今回も「帯広」→「仙台」と約1週間ほど留守にしました。
帰るとマノンはすぐさま駆け寄ってはきますが、最近はすっかり「スネネコ」。
機嫌が直るまでしばらくかかります。
もし人間なら「止めどもなく」この1週間の出来事を「しゃべりまくる」ことでしょう。
お気に入りの場所で。
マノンは「美人」ですね、というお便りもありますが、実は「ハンサム」なのですよ。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎最近観た映画:読んだ本
本:宇江佐真理「雨を見たか」花山勝友著「<マンガ>親鸞入門」
映画:DVD:「俺たちフィギアスケーター」「4分間のピアニスト」


HP通信NO.167/ 08.7.24
暑中お見舞い申し上げます。
我が家のテラス、通称「アマテラス」
一日中陽がさし、家の中は風の通り道。

 

 いつの間にやら梅雨が明けて一気に夏になりました。
ただ今取り組んでいる作曲は夏前には完成予定だったのですが、
「まさか蝉の鳴き声を聞きながら」まだ作曲しているとは思いもよりませんでした。
蝉の声が「脅迫」めいて聞こえます。 
 日課の散歩は暑い中でも毎日1時間以上は続けています。
家を出る前に「アスコルビンサン(ビタミンC原末)」をコップ一杯の水に溶いてグ〜っと飲み干してから出発。


 このHP通信の中で「漢字の読み分け」、たとえば「知る」「識(し)る」「悟(し)る」とか、「分かる」「解(わか)る」などなど・・・・「当て字」に近いものもありますが、そうした使い分けをしてることに興味を持ってくださる方もおいでのようです。
 みなそれぞれに意味があり、そうした「字使い」をすることで実際、モノの見方、捉え方も変わってくるような気がしています。

 同じ「知る」でもこの「知る」は知識を「知る」、「識(し)る」は認識という意味で「識る」、また「悟(し)る」は物事の道理を「悟(し)る」というように、よ〜くよくその真相をみれば「言葉」も異なるように思えます。

 名前というものは親御さんが「子への思いを託す」意味が込められています。
犯人として新聞テレビで報道される人間の名を見て、時折「ため息」が出ます。
「○○正道(まさみち)」「○○義夫(よしお)」「○○正義(まさよし)」「○○道正(みちまさ)などなど。
これらの名前を見る時、「何と、まア可哀想な」と思うのです。親御さんしかり、そのご本人もしかり。
 それで時折思うのです。「人生の中でエアーポケット」のような状況に陥った時、自分の名前をじ〜っと見つめてみる。そうすると自分というものの「立ち位置」が少しは認識できるのではないか、と。
 ちなみに私の「憲夫」はたんに「憲法記念日」に生まれたということで命名されたもの。「味気ない」といったら「叱られます」が、実際、「味気ない。」

「鈴木」とは「ごく一般的に多い」の名字ですが、私なりに理屈をこねています。
「鈴」とはもともと「楽器」。神事には「鈴」が欠かせません。楽器の「鈴」のかたちが元になり「楽」という字になりました。「シャリ〜ン」という鈴の音で、神を「喜ばせ、楽しませる」意味あいがあります。
「木」とは「ご神託」が宿るものとされています。お正月の「松」にしても「神が宿る」としてよく知られていますね。
 ですから「鈴木」とは大変縁起のいい名前なのです。だからこんなにも全国で「鈴木」姓が多いわけです。縁起が悪ければこんなに「鈴木さん」がいるわけがない!。
「田中さん」も「田の中」ですから「豊穣の目出度い」名前です。「高橋さん」も「橋が高い」ですから「災害からは免れやすい」、「斉藤さん」も「藤というのは高貴な花、イメージですから」「斉」は「もたらす」という意味があります。「加藤さん」もその「藤を加える」。
 ただし、これらはあくまで「私流の見解」ですから、どうか「眉ツバ」で読み過ごして下さい。
こんな風に漢字をみると様々な想像が膨らんできて楽しいものです。 
                

さて、今回もオリジナル料理というより、工夫料理のご紹介。
「にんにくチップサラダ」
・にんにくをスライスしたものをオリーブオイルでカリカリになるまで炒める。
・みつぱ、ほうれん草、レタスなどの野菜の上に「ジャ〜」とかける。
・しぼったレモン(2ケ程度)をかけて、かるく塩こしょうして完成。
カレーキャベツ丼
カレーを(できあいのもの)を「キャベツの上」にかけるだけ。
左が「にんにくチップサラダ」右が「カレーキャベツ丼」
7.23の夕食。
「金魚のフン」というマノンのあだ名
明日からしばらく家を留守にするということをマノンは察してか、私がどこに居ようと必ず付いてきます。
洗濯を干している間も
仕事部屋の前で
台所に立っている時も、トイレに入っている時も、食事をしている時も、傍から離れません。すっかり「金魚のフン」状態。
朝、私が起きると、早速「遊び開始」(ベットの上で)
 留守の間は家を自由に出入りできる「猫口」があります。エサも近所のTさんが世話して下さいます。
が、閉め切った家の中ではさぞや辛かろう、寂しかろうと思います。
マノンの名の由来を何度かここで書きましたけど「ma mon」イタリア語(音楽用語)で「ma」とは「〜が」「non」とは「しかし」
つまり「エサは上げるけど、が、しかし、そんなお付き合い程度でね」と。

 最近はマノンとのお付き合いは「con espressivo(コン エスプレッシーヴォ=表情を豊に)になったようです。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎最近観た映画:読んだ本
本:井上祐美子著「長安異神伝」
劇場:「ゲゲゲの鬼太郎」」


HP通信NO.166/ 08.7.16
12日「宮崎は猛暑ですよ、どうか覚悟をしてお出で下さい」と言われて宮崎入りしたものの、その日は関東の方が猛暑。宮崎は幾分涼しげでした。
9月7日の「コーラスinみやざき」(コーラスinみやざき楡の会主催)→(コンサート催しもの情報に詳細)の練習のために宮崎に伺いましたが(左写真)、宮崎は一年半ぶり。「話題の知事」の効果アリなのか以前よりちょっと活気があるようにも感じました。

 一年の半分が過ぎました。ついこの間「お正月」だったはずなのに。
ほんとにアっという間、もう7月も半ばを過ぎました。鳩山荘ではもう蝉がないています。

 新作の作曲はまだ出来ず、月日だけが容赦なく過ぎていきます。
私の子供の頃の人気TVドラマで「時間よとまれ!」というのがありましたけど、
主人公が「時間よとまれ」というと時間が止まるのです。
私は今そんな「超能力が欲しい!」・・・・・・・・・。

 こんなにも月日が経つのが早く感じられるのは「歳のせい」とは言うけれどどうしてなのだろう?と、先日、ふと車窓から見える「川の流れ」を見て一瞬ヒラメキめいたものを感じました。

 川の水は容赦なく海に向かって流れていきます。見ているとその流れはすごいスピードです。人生は「川の流れ」のように例えられもしますが、その本流に身を任せるとするなら海にたどり着くのはあっという間のことかもしれません。
 しかし若い時分は「引力、重力」に逆らい、時に川の本流を駆け上ろうとしたり、時に支流に寄り道をしたり、時に水溜まりで心地よく遊んだり、また時折、川辺をうろついたり、気がつけばまた本流に戻り、その繰り返し繰り返しの果てに人はいつしか「歳をとった」ことに気付きます。そして「本流」に身を委ねることの「楽」を感じた時に、いや「楽」と言うより「本流に逆らう」ことの「無駄」を知る時に、「月日の経つことの早さ」を身を以て知るのではないでしょうか。
 「若い頃」、無我夢中で過ごした生活を思い起こすと、やはり、「あっちこっち」と「行ったり来たり」していました。
今は、と言うと、今も私は相も変わらず「あっちこっち」と「行ったり来たり」はしますが、しかしだんだん「引力、重力」に逆らうことの「無駄」を思い知っているとも言えます。
 それを識(し)るということが「歳をとる」ということなのかも。肉体的な衰えを知るのと同時に。だから「時間がこんなにも早く過ぎる」という風に思えるのではなかろうかと。
皆さん、どうでしょ?
 
さて、前回、前々回と、ここでご紹介した「スタネバ焼き」は思いのほか多くの方より「反響」があり、料理を話題にする楽しさも加わりました。
そこで、私なりの「オリジナル料理」を時折ここでご紹介したいと思います。
今回はちょっと大胆なオリジナル料理「ホルモン焼きそうめん」
「ホルモン焼きそうめん」
「味付けホルモン」、ニラ、ゴーヤ、ネギ、(冷蔵庫に残ったもの)などを野菜炒め風にする。
「ゆでたそうめん」の上にのせ出来上がり。
「野菜炒め」だけだと食欲も今イチ。豚肉など食べたくない時、「味付けホルモン」には味がついているので、塩、胡椒、その他の調味料は一切ナシでOK。
写真でみるとちょっとゴチャッとしていますが手早く出来、そしてスタミナ満載。
「お〜いし〜いンデス」
  マノン反抗期!?
左のカバンは私が常時旅するときに使用しているものです。マノンは「分かるのです」。これを出して準備をしていると、「アッア〜、また留守番か〜」と。最近あまりないのですがトカゲをくわえて来ると私は「意図的に」<ま〜たマノンそんなことして!>と大げさにイヤがって見せます。
 ネコの習性は「修正できない」(これってダジャレです)とは知りつつも、これもこの家のルールだから、と、マノンに知らせる意味で。
 しかし「その時」です。その時というのはカバンに荷造りをしている時、トカゲをくわえてきました。私はいつものように大げさに「騒ぐと」そのすぐ後で、マノンは何と下のような「知らんぷり」の表情をしました。
トカゲはまんまと逃げ失せて、本棚の陰に。
「アラアラ」と私。
普通でしたらマノンは「執拗」にトカゲを追うのに知らん顔。
気にしつつも家を出ました。
帰ってみると何と無惨にそのトカゲちゃん・・・・・この先はとても書けない。
考えてみるとマノンは私に反抗したのでしょう。
「これからひとりで寂しいんだから」と。
アッツ〜イ!!。これからの季節、ネコにとって「大変なんだよ〜」
そういえば家内はネコちゃんのためにいつもクーラーをつけてあげていましたっけ。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎最近観た映画:読んだ本
本:畠中 恵著=ゆめつげ 北方謙三「水滸伝(1)」


HP通信NO.165/ 08.7.6

近景:慈しみの像の前で 7.4写す
 やはり「言葉」が気にかかる。
先日、宅配の人が受け取りサインを求める時に
こちらにサインをいただきますけど大丈夫でしょうか?
・・・・・・?(ンウ!、とその先言葉が出ない)
ある時、ジーンズを求め寸法を取られてからレジで支払いをしようとした時
お直しには○○円かかりますがよろしかったでしょうか?
・・・・・・?(ウ〜ン?、ととっさにことばが出ない)
 ファミリーレストランなどでの「ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」などなど、日常茶飯事の事ゆえ、私も少しは慣れ、なるべく気にせずに通り過ごそうと思うのですが、やはりどうも「気持ちがザワザワ」してきます。

 15年以上前からの流行(はやり)?というのか「〜〜〜じゃないですか」もやはり今でも気持ちがワルイ。
 特に若い人が年上の人に対してこのように言うのにはとても違和感を感じてしまいます。

 今から10数年前に韓国を旅した時に、慶州の石焼ビビンバの店に入りました。応対してくれた初老の店主に注文を伝え「プタケーヨ」(宜しくお願いします、の意味)と言いましたら、その店主は睨むような顔をしてはっきりとした日本語でこう言いました。
「プタケーヨとは目下のものに使う言葉だ、そういう場合は《プタカハムニダ》」と言うんだ。」と。ちょっと険悪な空気が漂いました。私はガイドブックを見せ「すいません、ガイドブックに《お願いします=プタケーヨ》と、こう書いてあったので」と即詫びました。
 こちらの態度が神妙だったせいか、店主は食後「私の気持ちだ」と「チヂミ」をサービスしてくれました。「もうオナカいっぱい!」と家内がドンブリ半分以上を残し、それもたいらげた私です。その上に「チヂミ」。こちらは満腹もいいとこ。しかしここで残しては「カドが立つ」とばかり、すべてをたいらげたのでした。たしかにおいしかった、けど、オナカは私の「歴史上」最大にふくれたのでありました。

 私はよくそれを思い出すのです。言葉はとても大切なのですね。そして店主とのささやかな心の交流も懐かしく思い出すのです。
「韓国のドラマ」をたまに観ますと(《我がママ》がよく観ていますので)台詞がとても丁寧な印象を受けます。特に目上に対する台詞がです。「日本のドラマ」はその意味で台詞が何とぞんざいでしょう。目上も目下も同輩もない。それに言葉がキタナイですね。

 友人同士の他愛のない「おしゃべり」は別にして、言葉とは「ただ伝われば良い」というものではないと思うのです。
 仏教の教えの「八正道」の中に「正語」というのがあります。「正しい言葉を話す」ということ。「汚い言葉を使えば精神までその言葉に犯される」とも言えます。さらに言えば「言葉に取り憑かれてしまう」とさえ私は思ってしまいます。
言葉というのはそれくらい「大切なもの」だと。

 ついでに政治家のボキャブラリーのなさについて。
「抜本的な改革」という言葉。これまで日本の政治で抜本的な改革など行われたためしがないのに、その意味を知ってか知らずか。それに「粛々と〜」など、よくマアポンポンと言えるものだと思う。言葉とは品性を表すものなのですね。
           
さて、ここ毎回のようにオリジナル料理「スタネバ焼き」の「ヴァージョンアップ編」をご紹介していますが、今回もまた新メニューです。前回のHP をご覧になってない方はこちらへ→「HP通信」
スタネバ焼きは日々進化しています!!
「オリエンタル風」
オリジナル(長いも、オクラ(細かく刻む)ネギ、ニラ(細かく刻む)、めかぶ、若干のお好み焼き粉、卵)の「具」に
・ひき肉
・五香粉
を混ぜて下の写真のように少し薄めに小さく焼く。味は餃子の中身のようなものとご想像下さい。
今年の夏は「スタネバ焼き」を食べて元気に乗り切ろう!!
       マノン!ちょっとオナカ!。最近太り気味じゃない?
朝方はいつも私のベットに来て「おはよう」を言うマノン。なのにまだ起きない私。
起きてカーテンを空けたら、寝室の外でマノンがしずかに私の起きるのを待っていた。
今日は洗濯日和だヨ〜
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎最近観た映画:読んだ本
本:井上祐美子著「公主帰還」
映画:DVD:「角砂糖」
劇場:「奇跡のシンフォニー」「ザ・マジックアワー」


HP通信NO.164/ 08.6.27

 先週も利府に居りましたら、日に何度も「地震情報」がTVに映し出されました。「ただいま震度1以下の地震が○○地域で」というように、私の居る利府では殆ど揺れは感じないものの、災害地域での余震は何度もあるようでした。

下の写真はいずれも同じ風景と思われるでしょうが、左は「鳩山荘」右は「利府の仕事場」から見える景色です。利府は何とも夕焼けがきれいなのです。(携帯電話でのカメラですのでこの程度しか映りませんが・・・)
こうして見ると「何とマア似ているんだろう」と我ながらに思います。
左は6月25日梅雨のわずかな晴れ間の中、「鳩山荘」から望む東の空。
右は18日利府、夕陽が西の空(宮城蔵王連峰)に沈むところ。

 日本には「四季」がありますが、よくよく考えてみると「五季」とも言えそうですね。「春・夏・秋・冬」に加えて「梅雨期」というように。

 梅雨期の湿気は「万物の生気をうばい取り、これを腐らせてしまう」と言われています。たしかに「梅雨期の湿気」は「慢性の持病」をお持ちの方には特に身に応えるようです。また精神的にも「鬱蒼」とする季節でもあります。私も正直梅雨はイヤですが、「でもお百姓さんや作物は喜んでいるだろう〜な」とも思うのです。それが「想像力」というものだと思います。
 今の社会で何が最も欠けているかというと、まさにその「想像力」ではないでしょうか。
「〜〜〜したら〜〜〜になる」という本当に単純な事にさえ思いが及ばない。
 前に何度かこのHPで「店員さんの応対マニュアル」について書いたことがありますが、「いらっしゃいませ、コンニチワ」・・・・一人一人がどのような応対をするか、経営者は信用していないのですね。店員にみな同じ顔を求めています。結局そこには自身もいないし相手もいない。自動販売機と同じ。
「自分がどんな表情でどう客と接するか」・・・・こういう単純な「想像力」の及ぶことさえ、社会の中で「不必要」と見なすものなのか、削除されてしまうことのコワさを、私は心寒く思うのです。
「想像力」は「思いやり」の心に通じます。「表」があれば「裏」もある。そんなちょっとした「想像力」を働かせることで人間関係はもとより、社会もより良好に築かれると思うのですが・・・・・

 私の大好きなチャップリンの映画「ライムライト」の中にこういう台詞があります。「人生の中で大切なこと、それは・・・・・・勇気と想像力、それと少しのお金かな?」と。
 「想像力」を大切に育みたいものですね。
 

さてさて、先日ここでご紹介したオリジナル料理「スタネバ焼き」(「スタメナ焼き」を改名=やはり「スタネバ」の方が実感的ですね。)の「ヴァージョンアップ編」です。前回のHP をご覧になってない方はこちらへ→「HP通信」
スタネバ焼きは日々進化しています。
「ウナギ入り」
オリジナルのスタネバ焼きに「ウナギ」を細かく切っていれる。
「カレー味」

具そのものに「カレー粉」を入れる。
・焼き方もお好み焼き風ではなく、左のように小さく焼くと、簡単に両面が焼けます。
これも「ヴァージョンアップ」。
尚、前回記するのを忘れましたが、オクラは細かく刻んで。
今年の夏は「スタネバ焼き」を食べて元気に乗り切ろう!!
外に出たがるマノン。でも雨で出れない。私も一緒の思いで「ふたり(?)」で外を眺めてばかりいます。
「あ〜あ〜、
 鳩山は今日も雨だった・・〜・

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◎最近観た映画:読んだ本
劇場:「インデ・ジョーンズ」
DVD:「デイジー」「八月のクリスマス」「レッスン」
本:池波正太郎著「忍びの風(二)」「忍びの風(三)」「宇江佐真理著=無事、これ名馬」



HP通信NO.163/ 08.6.17

 「岩手・宮城地震」については多くの皆様からご心配のお電話やメールなどをたくさん頂戴しました。私はその時は「鳩山」に居りました。「利府」も何事もなく無事でした。お見舞い御礼申し上げます。ありがとうございました。

岩殿(いわどの)観音の紫陽花。(岩殿観音は坂東十番札所。我が家から車で5分程度のところにある)山門よりの石段の両脇に紫陽花が敷き詰めたように咲いている。
我が家の庭に咲いた紫陽花。6/16

 紫陽花の咲く季節となりました。そろそろ梅雨かな?と毎日天気予報が気になる季節にもなって参りました。
 そんな毎日の中、朝起きて「晴れ〜!」というと嬉しくなってきます。
「木や草や花」は「お日様が出て嬉しい!」と風に揺れて喜んでいます。鳥たちも賑やかに楽しそうに飛び回っています。
「太陽」はあまねく生命を育んでいるのですね。私の「嬉しい」もそんな自然の一部としての嬉しさでもあるかのようです。マタ「今日は洗濯物がよ〜く乾くゾ〜!」という人間界の営みとしての一面もありますけど。

 先日、高村光太郎のある言葉をふと目にしました。
「人を愛すれば愛するほど亡くなったその人は生きている」と。
 これまで私は「人を愛すれば愛するほどそれは悲しい」と思ってきました。たしかに光太郎の言う通りです。光太郎もおそらく「愛すれば愛するほどそれは悲しい」を経験したことと思います。

「人を愛することができる人は幸せだ」とヘルマン・ヘッセは言います。
光太郎の言葉もヘッセの言葉もそして私自身の思いもどれもが真実であります。
 しかし皮肉なことに人はそれは失ってはじめて分かることでもあるようです。

 またヘッセはこうも言っています。
「すべての芸術の始まりは愛である。それぞれの芸術の価値と範囲は、何よりまず芸術家の愛する能力によって決定される」と。
「愛」という思いを人間はどのくらい経験できるのか。
 お釈迦様は滅する前にこう言ったと伝えらています。
「この世は美しい、人の世とは何と甘美なことか」と。

 先日の朝、陽射しが部屋一杯に満ち輝くように感じられる時間と空間の中で、
「人はどれだけ愛するという思いに触れて(満たされて)死ねるか?」ということが頭に浮かびました。それが人生の最大の命題のような・・・・・とある日の朝のつかの間の幻影。
          
さてさて、またここでオリジナル料理をご紹介します。
「スタメナ焼き」(スタミナというと私のような中年には何かとヤボな連想がつきまといますので、あえて「スタメナ焼き」と命名。)
材料は左写真。
(左手前から)・納豆・めかぶ・キャベツ、
(二列目左から)・オクラ・ネギ・長いも
(三列目左)・ニラ(それと卵一個)
これを若干の「お好み焼き」の粉に溶いて焼く。
     「スタメナ焼き」の完成!!
味付けはケチャップ、マヨネーズ、トンカツソース。
とろ〜りとろける食感。夏バテ予防には最適かも。
昨日も一晩家を空けて帰りましたら、「マノン!」と呼びかけても知らん顔。
ネコはほんとは「何にも考えてないクセに」時折こんな「哲学的な表情」をするのですね。
                        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎最近観た映画:読んだ本
本:西村滋著「お菓子放浪記」「続・お菓子放浪記」

HP通信NO.162/ 08.6.7

 鳩山荘では自然に囲まれゆったりとした時間が流れています。毎日毎日作曲にいそしんでおります。
 家の下の池に今年も睡蓮が咲きました。睡蓮は何やら神々しさを感じさせますね。
蓮は「あの世」でも咲く花と言われています。見ているとその美しさに心奪われます。

 今週も仙台/利府に行き昨日帰ってきました。両親との食事ではいつもTVのスイッチが入っています。鳩山では殆どTVを観ませんので、改めてTVの騒々しさに耳を覆いたくなります。それにしても何とも暗澹たるニュースばかり。その報道に「音楽」まで付いているのですから「驚き」を越えて「呆れ」ます。(10年ほど前からそうでしたが、最近ちょっと過剰気味では!。)まるでニュースがドラマ仕立てに。
「事実は小説より奇なり」と言いますが、最近の世相を観ると「小説は事実に及ばず」。
 以前にも何度か私はTVの<悪口>を言っていますが、TVは現代人のストレスを増幅させている「張本人」と。

 私は「江戸時代」ものの小説が好きです。そこにはゆったりとした時間が流れ、その中で人はゆっくりと過ごし、生き、そして死んで行く。時代というのは時に急いで過ぎ、その中で人も急いで生き、急いで死んで行く時代もありました。
 時間はどの時代も同じ歩幅で過ぎていくのに、今の時代というのは、絶えずうしろからせっつかれるような時間感覚で生きているようです。こういう時代だからこそ、身の置き場を、時間の過ごし方を考えてみたいものですね。

 ひとつキーワードとして上げるなら「必要悪」。昔はよく耳にした言葉だったのですが最近はあまり聞きません。それだけ「必要悪」が日常的になっているからだと思います。
 TVもそうです。携帯電話もそう。PC(パソコン)だってもう必要(機能が)以上のものは要らない(少なくとも私には)。すべて「その本人の」「その利用法」の問題とはいえ「本来なくてもよいのに」「それなくしては生きられない」とでもいうような風潮の中に私たちは身を置き、生きているような気がします。

 TVのない時間はゆったりと流れますよ。
たまにどうぞお試し下さい。(せめて観たい番組だけにするとか)

久しぶりに帰るとマノンはスネていました。
いつものように帰宅すると駆け寄ってはきましたが、その後、「マノン!マノン!」と話しかけてもご覧のように目を合わそうともしない。
かなりゴキゲンナナメのよう。

しかししばらくすると「何か」をくわえて家の中で大はしゃぎ。
よく見ると「何だろう???」
「蛾」でもない、もしかして「蝉?」
この季節にまさか。デモ羽根のバタつく音は蝉。
しばらくして「蛾?蝉?」は飛んで壁の上方に貼り付いたように動かなくなった。








下から見上げるマノン。
上の写真は昨夜のもの。マノンが飽きたら逃がそうと思ってましたが、
朝、起きたら「・・・・・・・・」可哀想なことをしたものです。
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎最近観た映画:読んだ本
劇場:「ナルニア国物語」
本:池波正太郎著「忍びの風(一)」

HP通信NO.161/ 08.5.28

 作曲もやっとのことで「舟に帆」がかかりました。演奏団体(福井コールアカデミー)に少しずつ出来たところから楽譜を送るまでにこぎつけました。
ここまで本当に時間がかかりました。今回も自らテキスト作りからのスタートでした。
 テーマが壮大になっていき、二ヶ月ほど書き進めた作曲を一旦中断し、また一から資料の読み込みを主にテキストの練り直し。この悠長さに自分でも呆れています。
 演奏団体の皆さんもさぞや呆れ、気を揉んでおられたに違いありません。
 が、少し楽譜を送ったことで今は幾分気が楽です。

 このところ隔週おきに仙台とを往復しています。
 仙台/利府ではいつものように「墓参り(左写真=慈しみの像に逢いに)」また「塩釜神社への散歩」も欠かしません。
仙台も良い気候になってきました。
 尚、「160.000」のキリ番を取得されたのは「おはらたかこ」さんでした。更新記録の下にご紹介します。(→)
25日は長野市/善光寺での「般若心経」の奉納演奏に立ち会いました。演奏はさいたま市の「宙(そら)の会」の皆さん。指揮者は大沼宙子先生。
 善光寺関係の方々、また男声合唱団「ZEN」(指揮者:宮下荘治郎先生)の皆様にも賛助出演をいただき、内容の充実した催しとなりました。
 
                さてさて、今回は私の「オリジナル料理について」ご紹介したいと思います。
 
         鳩山荘スペシャル<七変化スープ>
タマネギ、人参、ジャガイモ、牛肉シチュー用(また骨付き鶏肉)を中心に、さらにその時々冷蔵庫にある野菜、今回はキャベツ、ナス、セロリなどを大鍋で、煮込む。
コンソメなどは不要。
水は野菜がひたる程度。30分以上煮込む。私は一旦、火を止めて、また少し火を入れたりする。
以上で完成。しかし、これからが
<七変化スープ>たるゆえん。
これをベースにある時は
◎イタリアン風に
◎カレー風に
◎ボルシチ風に
◎ホワイトシチュウ風に
◎野菜スープ風に
◎中華風に
◎ラーメン風に・・・・・などなど
七変化いろいろ料理
イタリアン・野菜煮込みペンネ
野菜スープ
<七変化スープ>にトマトホイール缶、トマトケチャップ、ペンネ、とろけるチーズ。その他隠し味に、ヨーグルト(少量)、マヨネーズ(少量)、マーガリン(少々)、塩・胡椒(少々)。もちろんパスタにも応用できます。
塩・胡椒だけのシンプルなスープ。
いわゆる「旨味調味料」などなくとも、ほんとの「旨味」は充分に野菜から出る。
野菜カレー
  ある朝の食事
パン食は珍しい。この頃(今年2.3月ころ)このパンが好きでよく食べていた。野菜スープによく合う。
<七変化スープ>から一食分を小鍋に移し、カレールーを入れて完成。
 ひとつの鍋でまずベースを作れば、あとは一食分をさまざまな料理に変身させることができます。「オナカが空けば」「オナカを満たす」ための食事は、もうそんなに若くない身体には「考えもの」です。と、私の「脳」のどこかのセクターが主張しています。
「身体に食べさせる」くらいの気持ちでちょうど良いのでは。
<七変化スープ>は野菜たっぷりの料理です。
だからといって「菜食主義」ではありません。肉も食べます。ただ食べ方ですね。
またいずれ気が向きましたら「オリジナル料理」をご紹介させていただきます。
(たくさ〜んあり過ぎて!・・・・・・・・)
ちなみに今朝の朝食
野菜ジュース(酵素入り)、しじみ汁(お椀の中に「めかぶ」「豆腐」入り)
カツ丼もどき(カツは一口ヒレカツ、タマネギ一個を煮込んだもの、ただし卵はなし)玄米、野菜サラダ(キャベツにカイワレ)フルーツゼリーにヨーグルト。
毎日ほぼ変わらず上のメニューが定番です。
朝はしっかりと食べます。
  
善光寺内に「念ずれば花ひらく」のお地蔵さんがありました。(携帯でしたのでちいさいですけど記念に)
ホトトギスが啼いています。ホトトギスってどんな啼き声かご存知ですか?
「ホトトギチュ!ホトトギチュ!」って啼くんです。ホントに。
草むらでじっと獲物を待っているマノン。
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◎最近観た映画:読んだ本
本:井上祐美子著「桃花源奇譚=月色岳陽楼」「桃花源奇譚=東京残桃夢」
劇場:「隠し砦の三悪人」


HP通信NO.160/ 08.5.20

 新緑が瑞々しい季節となりました。ひとくちに新緑といってもさまざまな緑があることに気付かされます。
 
最近、近所で不審者(変質者?)らしき人間がいる、ということで左のような腕章をつけて散歩するようになりました。(町役場に交渉して貰いました。)
 どうせ散歩をするなら少しでもお役に立ちたいという気持ちで誰からも頼まれもしないのにつけて歩いています。(イヂワルな人はきっと「自分が不審者」と間違われないために、とでも言うことでしょう。)
(パトロール)ご苦労様です。」と時折声をかけられます。自分では「??・・??・・・」。(自ら腕章をつけているのを忘れている)
今、鳩山は緑に輝いています。
防犯の腕章
 
 15日から二泊、亡き妻の病友GさんNさんが遊びに来てくれました。
「新しい家にぜひ泊まりがけで遊びに来てね!」と家内と生前そのような約束をし、互いに楽しみにしていたことでした。
 これまでなかなか予定が合わずやっとのことで叶ったことです。
 川越のO病院・入院の時は同室でした。GさんNさん、そして家内三人が共に生活をしたのはわずか2週間たらずでしたが、まるで三姉妹のごとく心ゆるせる仲間としてその後も交流が続いていました。私にとっても「戦友」のような間柄。

 このように書くとさぞや悲しい再会だったでしょう、と思われそうですが、終始、笑い声がここ鳩山荘に響きました。
 こんなにも笑い声で満ちたことはこの家では初めてのことだったかもしれません。
 想い出話は家内こと「みちこちゃん」の逸話満載。
入院中「お父ちゃんが、お父ちゃんが」とよく私のことを聞かされたということです。何につけ「お父ちゃんが・・・・」と。
 例えば関西在住のGさんには「お父ちゃんのお好み焼き最高なんだから!」と話していたとか。お好み焼きに関しては関西の人にはお国自慢のひとつ。
 彼女らが滞在した二日間は全て私の手料理でおもてなしをしました。お好み焼きも作りました。嬉しいことにGさん「みちこちゃんの自慢通りヤワ〜!!」と拍手喝采をしてくれました。さらに作り方まで熱心に聞いていきました。
 我が家の自慢は素材を活かした料理ばかり。化学調味料はほとんど用いません。

 会話では当たり前のように「死」という言葉が出てきました。「あの人も・・・・この人も・・・・まるで<ちょっとトイレに行く>、とでも言うように消えるように逝っちゃって」と。それは凄惨なことには違いありません。しかし、それが現実なのです。かつての私もそういう人たちの輪の中に居りました。
 まるで同窓会のように今は亡きYさん、Sさんほか皆さんの想い出話も出ました。私は家内の没後以来、一度もO病院には行っておりません。
Gさん、Nさんとも現在も治療中です。辛い治療の中お元気で過ごされています。
 お二人を見ていると、「病気について」「死について」あるところで「超えた」ように私には思えます。(ご本人たちは「そんなことはない」と言ってますが。)

「病気」は人を蝕(むしば)むものですが、「病気は身体」なのであってその人の「心=本体」とは別物なのです。ですが医師から受ける「告知」は「その人=本体全部」をも蝕んでしまいます。「心=本体」が崩れると、「病気」は拍車をかけるように雪崩(なだれ)化していきます。そんな状況を家内の身を通して「病友」の様々な姿を幾度見てきたことか。「病気」と冷静に向き合い「治療」に立ち向かうことは「言うは易し」、いかに難しいことか。現在の医療現場はその「心=本体」を見ることをしません。それは「専門外」「別問題」とでもいうように。
 「病気」の人のジレンマは実はそういうところが大いにあります。それを自身で克服するのは至難のワザ。ですが、結局そういうことなのかもしれない、と今はことさらに思います。

「人間は独りでは生きていけない」
しかし「人間は生まれる時も独り、死ぬ時も独り」
そのどちらも真実。その狭間で常に漂いながらそのどちらにも偏ることなくその人なりの道を探す、そして歩む・・・・。これは死生観の上に成り立つ人生観です。
 山本周五郎は自著の中でよくこう言っています。「40を過ぎたら人は一日に一回は死について考えるべきだ」と。死生観は人生観を作るのだから、とも。

  お二人にとって家内はいつまでも「常に元気」をもらっている大きな存在であるということでした。彼女らにとって家内は今も生きています。入院生活でのいろいろなこと、そして「死に様」「死に顔」の潔(きよ)さ。今でも家内の当時を知る人たちにとって、忘れがたい存在であるとも話してくれました。

 最後に彼女たちは口をそろえて私にこう言いました。
「<みちこちゃん>は今でもこの自然に囲まれた家で<大好きなお父ちゃんと二人で>生きている感じがする!」と。
 また必ず鳩山荘で一緒に過ごそう、と約束して別れました。

「恋というヤツにはいつも人は初心者さ」というセリフを何かの本で読んだ記憶があります。それを例にとりますと「悲しみの在り方には初級、中級、上級がある」のではと私は思います。今の私は初級から中級へと行ったり来たりかナ?と。
 今回のお二人の来訪で、改めて私自身それを認識できたようにも思いました。

マノンが時折部屋の一点を見つめている時があります。きっとそこに彼女の姿が見えるのだと私は思っています。
「ねえマノン、今見てる人、マノンのこと可愛いって、ニコニコして見てるでしょ?」
ネコ好きのNさん。
下の池の散歩に私と連れ立って歩く姿や、家の中でのマノンを見て
「これ、ネコじゃないよ。みちこちゃんが、マノンになってここに居るんだよ!!。」

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◎最近観た映画:読んだ本
映画:劇場:「最高の人生の見つけ方」
HP通信NO.159/ 08.5.12

 連休の終わりから仙台に行っておりましたが、6日にHPのアクセス数が「160.000」に達しました。
 昨年はほとんど更新らしい更新をしなかったのに、日々、「30」から「50」と、このHPを訪れて下さった方々のお気持ちの積み重ねが「160.000」という数字になったと思っています。
 これは私にとって「大いなる励まし」でありました。
たんに「頑張れ〜」と声援を送ることが「励まし」ではなく、そこに「理解」(とくに私の作品を通して)と「見守る」という気持ちが私には伝わってきました。これこそが「本当の励まし」なのだナ〜とつくづく思うのです。
 この場を借り、これまでこのHPを訪問下さった皆様に心より感謝申し上げます。
(残念ながら今回記念番号「160.000」番を取得された方からのご連絡はありませんでした。)
           
もうひとつの散歩道
いつもの散歩コースと反対側の丘にある小径。
 
 ただいま「コール・ベル」では6月の千葉県合唱祭出演のために「未来への決意」より「自己」を練習しています。音楽的なことはもちろん「自己」というものについて皆さんと話し合いながら練習に励んでいるところです。
「人はだれしも自分を持っている〜」で始まる(片岡輝先生詩)詩の通り、「自己」とは人それぞれが持っているものです。「自己」に対して(?)「他己(たこ)」という言葉があります。
それは決して「自分」「他人」という意味ではありません。
「自分は、自分は、」という意識はその人固有のものではなく、結構他の人ととも共有しているものなのです。
「自らの己」「他の己」、その共有するところを解(わ)かることで「自己」というものが磨かれていくのだとも思います。
 電車の中を見回すといろいろな人が居ります。
「お化粧をしている女性」、もはや時代錯誤と言いたくなる「携帯電話で平気に話している人」などなど。
 そういう人たちは恐らく「自分は自分」「他人は他人」と思うからしてそういうことができるのでしょう。
「自己」と多くを重なりもつ「他己」を少しでも尊重できたら、ちょっとは世の中、「優しさ」という思いが広がるかもしれませんね。
 こういうことが本当の意味での「勉強」ということではないのかナ?と思うのですが、これって一体誰がどこで教えるのでしょう・・・・・。

 今日はコール・ベルの練習日。大体こんなことを今日話してきたところでした。

ところで左の「ホウキ/チリ取り」セット。
普段は物置にしまってあるのですが、最近は、廊下にこのようにして置いてあります。
何故かお分かりになるでしょうか?
ヒントは前回のHP上でのマノンに関係することです。
この答えは次回に。
答え→マノンがトカゲを捕まえてくる度にこれを使い外に逃がしてやっています。

マノンの場合「自己」とは言わず「猫己=ニャンコ」と言います。
「・・・・・・??」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎最近観た映画:読んだ本
映画:DVD 「しゃべれども しゃべれども」「帰郷=ボルベール」「クリムゾン・フォース」
本:井上祐美子著「桃花源奇譚=開封暗夜陣」「桃花源奇譚=風雲江南行」
HP通信NO.158/ 08.5.3
 
春の鳩山散歩道
 下の写真の小径は約1Kmほど続きます。鳩山に居る時はほぼ毎日この小径を散歩しています。
鳥のさえずり、風がサーッと木々を揺する音・・・・
別世界に入った気分です。
冬の『林の小径』 昨日撮った春の『林の小径』
 
 前回のこのHPで「相」のことを思いつくままに書きましたら、思いのほか反響がありました。「相」についてもう少し書いてみようと思います。

 歩く「相」というのはむかし読んだ本の中で、一時期靴磨きに転じたある失業者が、毎日毎日歩く人の姿を見てその人の性格まで分かってしまった、というものです。さらにその人は「見上げる気持ち」で見ると今まで見えなかった世界が見える、とまで語ったのが印象的でした。
 男性と女性と比較すると圧倒的に女性の方が歩く姿は良いですね。やはり「見られている(?)という意識」の違いからでしょうか。

「酒」の「相」というのもあります。正確には「酒の飲み方」というのでしょうが、明治の初期、ある大財閥系の会社で、新入社員の入社時に早速飲み会を催すことが慣例になっていたということです。勢い飲ませ、その酔い方を観察したそうです。「酒」に飲まれてしまうような者には大切な仕事は任せられない、と。

 その他にも「服装」ならず「服の相」というのもあると思います。
新入社員と一目で分かる「リクルートファッション」ですが、何とツマラナイ、と私は思ってしまいます。服装はある意味で「顔」です。みんなおんなじ「顔」が無難だと考えるからでしょうか、その人もまた会社もその方が心地良いとしたら、現代というのは何とオソロシイ時代なのでしょう。
 古人曰く。「人生とはその人間の<顔>を作ることだ」と。
なのに、時代は「考えない・思わない」ことを歓迎しているような・・・・・。

 こうして「相」というものを考えると、人生を「磨く」要素が周りにいかにたくさんあるか、ということを改めて思い知らされます。

  
ところで左の「ホウキ/チリ取り」セット。
普段は物置にしまってあるのですが、最近は、廊下にこのようにして置いてあります。
何故かお分かりになるでしょうか?
ヒントは前回のHP上でのマノンに関係することです。
この答えは次回に。

 このところ仙台・利府に月に2.3度は往復しています。
両親も「寄る歳波」に逆らえず病院のお世話になることも多くなりましたし、一人暮らしの私を心配する両親のためにも、利府でも仕事をするようになりました。
 仮に両親のどちらかが寝たきりになり、その時になっていかに頻繁に看病に通うとも、今の元気なうちに少しでも一緒に居れる時間が大切な気がしています。
 よく連れ立って「買い物」をします。それは「幸せのシンボル」ではないかと最近考えるようになりました。家内の両親の時もそうでした。勿論、家内ともそうです。一緒にスーパーなどに買い物に行く、こんなささやかなことが、今、こうして元気で共に生きているという証のような気がしてなりません。

 私はよく料理を作ります。外食など滅多にしません。実家に帰ってもよく料理を作ります。最近は夕食時になると「今日は何作ってくれるの?」と母が申します。
 一人暮らしの家事から解放されたいのに、こっちでもあっちでも家事に追われているみたいです。
 よく皆様から「食事はきちんとされていますか?」とご心配のメールなどいただきますが、今の私は料理に関しては自称「料理研究家」です。

 食事に対する考え方も変わってきました。以前は「胃袋」を満たすための食事でした。ですが最近は違うのです。「自身の身体に食べさせる」ための食事です。普通に食べるにしてもそこから創意工夫が生まれました。いずれ「一人暮らしの簡単・健康レシピ」をここでご紹介しましょうね。


 今日はワタクシの55歳の誕生日。
大昔と違って誕生日だからといって騒ぎもしません。ただ毎年決まってすることがあります。それは母に「おかげさまで今日で55歳になりました。」と電話することぐらいです。
 薬師寺の元管主、故高田好胤先生の「我が誕生の日は母受難の日」というお言葉をいただいて以来続けていることです。

    
マノンは私の留守の間、ご近所の人たちから随分と可愛がられているようです。これって人徳ならず「ニャン徳?」
「さア〜??」
「ボクが美男猫だからじゃない?」
(どのようにしたのか?自分で器用にソファーカバーをかけて寝ている。撮影のためにこれでも少しめくった状態。)
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◎最近観た映画:読んだ本
映画:DVD「もしも昨日が選べるなら」「デイスタービア」
劇場:「スパイダーウイックの謎」「紀元前一万年」
本: 宇江佐真理著「君を乗せる舟」伊坂幸太郎著「チルドレン」、水木しげる著「小槌の誘い」
   星野道夫著「オーロラの彼方へ」(写真集)

HP通信NO.157/ 08.4.23

 先週の仙台(利府)は桜満開でした。
最近の散歩お気に入りコース。
<八重桜のアーチ道>
画面が小さくてよく見えませんが200mくらいは続いています。
塩釜神社は桜満開。この日、4月14日は「大安」だったせいか、お宮参りの家族が幾組もありました。考えてみれば私が子供の時と変わらない佇まい。私がここが好きなのはそういうところにあるかもしれません。
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 利府でもウグイスの声を聞きました。
よ〜く聞くと
   「ホーホケッチョ」と。
・・・・・・ウグイスも訛っている!?・・・・・・・・・

 今は春まっ盛り。マノンは虫や小動物とたくさんの遊び相手がいて楽しそうです。
しかし虫や小動物たちにとっては「受難」。昨日は一日に「3匹のトカゲ」をくわえてきました。私はすぐに逃がしてやるのですが、その後、滅多に泣かないマノンが私の部屋にきて「ニャ〜オ〜」と泣きました。
通訳すると「なんで遊んでるのに邪魔するの〜!!」と。
「ニャンで〜?」と聞き返す私。
遊びたいんですね。
マノンとじゃれているといつもガブリと私の手を噛みます。
本当に「猟奇的な彼(ヤツ)」です。

 

 先日両親の元に届いた「後期高齢者医療保険料」を見て吃驚仰天!。
何とヒドイ施策だろうと。
 どの人も(75歳以上)均等に38.760円が有無を言わさずに年金から引かれます。両親共ですからそれだけで77.520円。更に所得金額に割率をかけた金額が付加されます。すでに介護保険も差し引かれているわけですからその天引き額は相当なもの。
 まるで「時代劇」を観てるようです。年貢に米を納め、百姓は粟や稗を食べよ!と、悪代官がムチをふるっている様に似ています。

 「相」つまり「人相」などのことですが、「相」には様々なものがあります。顔は「面相」、後ろ姿は「背相」、(次のものは私の造語)歩く姿は「歩相」、食べる姿は「食相」、話す姿は「話相」などなど。
 それら「相」の中にまさにその「人」が表れます。つまり「品」とか「徳」が隠れているわけです。
 我が国の総理大臣の「徳」のなさそうな「面相」「話相」「歩相」の姿のもとでお役人が働いて居るわけですから「後期高齢者医療保険」のような発想が平気で生まれるわけです。
 そういう我が国の総理大臣の徳のなさそうな「顔」を国民に見せることが、いかほどに国民の精神的なレヴェルをダウンさせているか、このことを政治家はどう考えているのでしょう。(イヤ考えないから厚顔無知でいられるのでしょう。)

「徳」とは豊かな土壌のようなものです。「徳」がないところに、つまり砂地には普通「花」は咲きません。

「感化は教化に勝る」という名言があります。
 「中国・春秋時代(紀元前)(せい)の国」に歴史的にも徳の高い人物として知られる「晏嬰(あんえい)」が宰相になった時、市民は「道に落し物があっても拾うことさえしなかった」といいます。つまり「落ちているものでも人のものだから」です。徳の高い「晏嬰」の姿で人々は感化を受けたということです。

「徳」とは一朝一夕には成りません。「隠徳(いんとく)(めだたぬところで徳を積む)の積み重ねの末に得るものです。これは東洋思想の訓(おし)えるところです。

 今回は「後期高齢者〜」の件でついつい私も声高になってしまいました。
とにかく今の政治は「暗愚政治」。と、せめてそれぐらい言わさせていただきたいものです。

マノンは今日はまだ一匹も家にくわえてきてはいません。
少しお利口になって、もうやめたかのナ?
と思いきや、テラスに目をやるとマノンが今トカゲちゃんと遊んでいます。
「トカゲ必死で逃げる、マノン追う、トカゲ逃げる、マノン両手を交互に動かしトカゲをころがす、トカゲかなり疲れた模様、マノンも一休み、場外に逃れたトカゲをマノンくわえて再びリング中央に・・・」(実況放送)
まさかソレ家の中に持ってこないヨネ〜〜。
「さア〜??」

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◎最近観た映画:読んだ本
映画:DVD「結婚できない男5/6」「きみに読む物語」「純情ダンサー」「1リットルの涙」「それでもワタシはやっていない」「プラダを着た悪魔」
本:伊坂幸太郎「死神の精度」、夢枕獏著「瘤取り清明」幸田露伴著全集より小品「幻談」など数編。   

HP通信NO.156/ 08.4.13

 先週の6日(日)、浦安市(千葉県)合唱連盟の「第21回合唱祭」に講師としてお招きをいただきました。一昨年の暮れ「20周年記念歌=みんなの歌(松本文郎:詩)」を作曲したのでしたが、昨年のお披露目演奏会には事情で出席できませんでした。今回、初めてその歌を聴き、全員合唱で指揮をしました。(今回写真を撮り忘れてご紹介できず残念です。)皆さん既に愛唱歌として親しんでおられる様子を伺い知りとても嬉しく思いました。

  

 桜の盛りも過ぎると次から次へと、草花やまた木から芽がはじけて色とりどりの花が咲き始めました。まさに「春爛漫の宴」。
 鳥の声も賑わっています。
(うぐいす)の声を聞いていると時折可笑しくてつい吹き出してしまうことがあります。
「ホッホッホッ ホケッキョ」
  「ホ〜 ホケッケッキョ」
    「ホッホケッキョキョ」などなど、
  みんな真面目に鳴いている(練習?)から可笑しいのですね。
「けやき坂通り」
この道は私の散歩コースのひとつなのですが、約1Km半以上ある道路なのに、車とすれ違うことは稀です。ですのでいつも真ん中を歩いています。この左手に秩父連峰が見えます。夕焼けがきれいです。
県道の脇にはこんなきれいな花が咲いていました。
4月12日鳩山近景

 いつも感心しながらそして不思議に思うことは「鳥は殆どが夫婦(つがい)」で飛び回っていることです。本当に仲睦まじい光景です。
 人間だったら人と人とが出会い、恋をし、共に生活することにはたくさんのドラマがあります。鳥はどのようにして相手をみつけ、何によって惹かれ合い、どんな会話をし、鳥にも「縁」というものがあるのだろうかと、つい思ったりしてしまいます。
「NHKラヂオ子供電話相談室」に出来うるなら子供に化けて聞いてみたいところです。(無理だろう〜ナ、だれか教えて!)

 私は最近、話を乞われるとよく「縁」についてお話をします。
「縁」とは目に見えないものです。もし「縁の見えるグラス」(よく赤外線セキュリテイなどで見るような)があるとしたら何と賑々しく色とりどりの綾模様が見える事でしょう。
 例えば「とても絆の深い縁だったら濃い赤い線」とか「互いに犬猿の縁だったら茶色の線」とか「ソウルメイトのような縁だったら紫色」だったり「互いに助け合うことができる縁だったら青色」だったり、おそらく目が眩むほどの賑わいを呈することでしょう。しかも線の太さもまちまちで。

 「縁」というものを目で見ることはできませんが、「縁を識(し)るキーワード」というものを最近自分なりに発見しました。
それは「おかげさま」という言葉。
 挨拶代わりの言葉として「お元気ですか?」とよく言いますが、それは「あなたの気の元は大丈夫?」ということです。また「お世話様」「お疲れさま」などなど日本は素晴らしい言葉を持っていると私は思います。
「おかげさま」という言葉もそうです。これまで関わりのあった一人一人に思いを巡らせてそんな言葉を投げかけてみると、今まで気付かなかった関係が見えてきます。
 お世話になった人は勿論、足下に穴を掘られたような人でも、考えてみればみな「おかげさま」なのですね。「縁」というものを少しでも「識る」ことで、より人に温かく接することができるようになれるかもしれません。

 「良い縁」とは広がっていくものと私は信じています。「良くない縁」とは私の知る限り次第に切れていきます。それは互いに学び合うことが出来るか出来ないか、なのだろうと。
皆さんはどう思われます?

 
  
 「ところでマノン!。昨日は<トカゲ>をくわえてきたけど(私の人差し指くらいの)その<シッポ>はどうしたの?
 まさかこの家のどこかにないだろうね。」
「さア〜??」

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◎最近観た映画:読んだ本
DVD:「結婚できない男1/2/3」「スターダスト」
劇場:「死神の精度」
◎本:井上祐美子著「桃妖記」水木しげる著「猫楠」李寧煕(イヨンヒ)著「枕詞の秘密」李寧煕(イヨンヒ)著「もう一つの万葉集」つげ義春「無能の人 日の戯れ」
HP通信NO.155/ 08.4.5

 咲いた咲いた桜が咲いた!!
今週は郷里で親類の「不幸」がありましたので3日ほど家を空け昨夜帰宅しました。もう花の見頃は終わったかな?と思いきやまだまだ満開の桜の宴。
4月5日、鳩山近景

 私は冬の間中、毎日毎日桜の木を見てきました。蕾みが出、膨らみ、そしてほころびそうになり、
「春よ来いとふっと小枝に息をかけ」を日課のようにしておりましたから、「ああ!この木も咲いた、あの木も咲いた」と心踊るようにしておりました。
 昨年の桜は残念ながら見ていません。見ていても目に映る状況ではありませんでした。体調を崩していたこともありますが、咲いていても気にも止める余裕などなくプラハへの演奏旅行へと旅立ったのでした。
「桜はエライ!」と思うのです。「桜」は一年に一度しか咲きません。花が咲いて初めて人は「桜」を愛でますが、そうでない一年の間は殆どはひっそりとしています。

「天人合一」という言葉があります。「人間の法則と自然の法則は一如である」と。つまり「人は求められれば世にい出て、それ以外家に居り少数の友と交わり尊い書籍に学び、なるべく人知れずに生きるべきである」と。しかしながら現実はなかなかそうはいきません。
「桜の木や自然」を見ていると「熟す」という言葉が浮かんできます。今の時代、人や文化に対して「熟成」とは縁遠い世界です。「熟成」とはノンビリした時間の上に成り立ちます。今の社会ではそれは「悠長極まりない」むしろ「許されない」ことになっています。

 桜の木からは桜の花が、桃の木からは桃の花が、時期になれば銀杏の葉が色づいて・・・・・などなど、「自然」はみなそれぞれの「出番」を知っています。
「一本の木から桜の花や桃の花や銀杏の葉」などは実(な)るはずはありません。
 四季折々のさまざまな草木、花、そして人の世界も常に「熟成」の上に育まれてきたことを、私たちは「自然」から改めて真剣に学ばなければならないのではないでしょうか。
 
  
 ところでマノンは先週、右前足を引きずって歩いていました。「怪我かな?」「トゲでもあるかな?」と様子を見ていると、どうやら「毒性を持った虫」に咬まれたようでした(多分ムカデ)。かなり腫れ、血膿が溜まっているようでしたの獣医に行きました。治療中大変でした。痛さのあまり暴れるマノンを抑えていた私の手はガブリガブリとマノンに容赦なく噛まれました。しかし「予知能力」を働かせた私はちゃんと手袋をしていったのであった。
上の写真は治療をした夜。右前足の傷が痛々しい。
その夜は私に感謝するように、ひたすら私の周りをまとわりついていました。
翌日は直って、普通にピョンピョン跳ねて嬉しそうでした。
  相変わらず作曲は進まず日々孤軍奮闘をしております。しかしゲーテ曰く。「健康で自分のことができる、ということは幸せなことだ」と。
 今の私はまずまず健康で自分のことをしているのですから幸せと思わなくては。
 それにしてもマノンは一年中「シアワセだね〜」
「さア〜??」
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◎最近観た映画:
◆DVD/キャプテン(日本映画)やさしい嘘(グルジア映画) 朱蒙No.7  朱蒙No.20  The Name of the Rose ◆劇場:ライラの冒険
◎最近読んだ本:
童門冬二著「渋沢栄一=人間の礎」藤沢周平著「漆黒の霧の中で」吉村昭著「磔(はりつけ)」 島田荘司著「セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴」
HP通信NO.154/ 08.3.24
 先日1週間ぶりに家に帰ってみると家の「木蓮」の花が見事に咲き誇っていました。
 家を出る時にはまだ蕾のままでしたのに、1週間でこんなに咲きました。
一足先に我が家の庭に春が降りてきました。
 この1週間は奈良→仙台と歩いてきました。
奈良では県合唱連盟主催の「合唱講習会」で私の作品についてのお話、また指揮をしてきました。
200人近くの熱心な皆さまのおかげで3時間があっという間に過ぎました。
講習会終了後、役員の皆さんと記念撮影。

 仙台では家内のお墓を作ってから初めてのお彼岸でしたので、両親と三人でお墓参りをしてきました。
ポータブルのCDプレーヤーで「般若心経」「Memory」を流しながら、きれいにお花を飾り、美しい景色を眺めてきました。


 20日は午前にお墓参りをした後、いつもの散歩コースの塩釜神社に行きました。
 そこで結婚式が。新郎は袴姿のアメリカ人、新婦は白無垢衣装の日本人。式では時折通訳などが入っていました。
 幸せな顔をみるというのはいいものですね。「おめでとう!」と声をかけてあげました。
記念写真もちゃっかり撮りました。
  その光景を観ながらつい「60数年前は互いに敵同士だったのに・・・・」などと、ふとそんな事を思った自身に可笑しくなりました。なぜかというと前夜、両親と「明日への遺言」という戦犯の法廷を舞台とした映画を観たからでした。
 戦時中、名古屋に空爆をした米軍兵士数人を処刑した罪をめぐり、数万人もの普通の人々を無差別爆撃したことに罪はないのか、を問うた映画でした。ですからついついこんな場違いな感想を持ったのでした。

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 21日は東京駒込の臨済宗「徳源院」で「般若心経の奉納演奏」に立ち会いました。ついでに「お話も」というので住職さま、また大勢の檀家さんの前で「般若心経」のお話を。汗顔極まりないことでした。
 演奏は2年前さいたま市で「般若心経」を勉強する会として誕生した「宙(そら)の会」の皆さん。指揮の大沼宙子(ひろこ)先生は「よのコーラス」の指揮者。25年以上のご厚誼をいただいている先生です。(下左写真の右手/黒い服を着られている。)。毎月1回、練習を重ねて臨んだ奉納演奏でした。
 5月25日は長野市の善光寺でも奉納演奏をし会の活動を閉じることになっています。(お問い合わせは代表/榎本さんkai-pomeran@lapis.plala.or.jpまで)
演奏が終わり、お寺の門の前で皆さんと。

 鳩山荘付近の自然はもうすぐそばに来ている春を全身で感じ取っています。
み〜んな空を仰いでいます。ウグイスも「ホ〜ホケキョ〜」と鳴き始めました。
鳥はいつも「つがい」で一緒に空をはばたいています。
しかしちょっと気(木)の早い枝にはもう花が・・・・ 3.23写
桜の蕾がもうこんなに大きくなって。
自然の世界を見渡すと「ひねくれたヤツ」なんてどこにも見当たりません。み〜んな太陽の方を向いています。
こうしてみるとこの自然界で人間だけですね「余計なことばっかり」しているのは。
そう思わない?
「さア〜??」

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  ◎最近観た映画/劇場:「明日への遺言」/読んだ本:夢枕獏著「涅槃の王4巻」
HP通信NO.153/ 08.3.14

 先週、今週と珍しく鳩山荘におりました。
ただいま新作に取組中です。ほぼ一年以上、作曲をしばらく休んでおりましたのでなかなか思うように進まず、悶々吐息、苦慮三嘆・牛歩遅々遅々・ドンヅマ〜リ!!の日々を過ごしていました。(現在進行形)

 今回も自身でのテキスト作りから始めています。資料の読み込みも随分としました。調べて行くうちに「高麗(こま)神社」に関わることが出てきましたので、先週「高麗神社」(日高市)に車で行ってきました。我が家から小1時間ほどのところにあります。
 1300年ほどの歴史のある神社です。この近辺は旧くは「高麗郡」といい昔々大陸から渡ってきた「渡来人」によって様々な文化が培われてきました。
その中心人物「高麗王若光(じゃっこう)」を祀ったのが「高麗神社」です。

←鳥居




 社殿→
 境内(けいだい)の中の参集殿に入りましたら掲示板に「朱蒙(チュモン)」という韓国TVドラマのポスターがありました。
「朱蒙」とは遥か二千年以上前に「高句麗(こうくり)」という東アジアでいち早く国家を建国した英雄です。その物語です。この地への渡来人の多くは「高句麗」を祖としています。「そ〜れで<朱蒙>のポスターか〜!」と、合点。
早速このDVDを探し観始めました。

 別に「高句麗」とか「朱蒙」をテーマにしているわけではありません。ただ「藁をもすがる思い」でヒントを探していたのでした。
 いずれその新作についてはここでご報告をしますが、ただいまはそんなことをしております。初演は福井市で(福井コールアカデミー/松村勇指揮)10月に決まっています。本来ならもうこの時期に完成していなくてはならないものです。
ただただ関係の皆様には「ごめんなさい」と言うのみです。もう遅滞の言い訳も尽きました。


 既に「啓蟄」が過ぎ、気がつけば「虫」も出てきました。どうりでマノンが忙しそうに動いています。またここ数日食欲がなくゲッソリしてしていました。多分「除虫剤」また「除草剤」にやられたのだろうと私の推測。一昨日から元気を取り戻したようです。
ごろ〜んゴロ〜ンとひなたぼっこ。
イイナ〜猫って・・・・・・・・・。
毎日、資料を眺めたりテキストのメモを取ったり、昼間1時間以上も散歩をし、時にマノンを見習い「ごろ〜ん」とし、ピアノに向かいデッサンの破棄の繰り返し、そして<健康食事>を心がける毎日。
「ドンヅマ〜リ」ながら、これって充実している生活、とも言えるかナ?。
「さア〜??」
◎最近観た映画・読んだ本(この一ヶ月):
劇場:「歓喜の歌」「Earth(アース)」「テラビシアの橋」「ウオーターホース」「ジャンパー」
DVD:「敬愛なるBeethoven 」「哀愁」「キサラギ」「ROME1〜3」「朱蒙1〜3」
本:安岡正篤著「陰隲録=いんしつろく」夢枕獏著「涅槃の王1〜3巻」貫井徳郎著「被害者は誰?」「失踪症候群」「壊れる 結婚にまつわる八つの風景」イーユン・リー「千年の祈り」他
HP通信NO.152/ 08.3.6

 マノンの「楽しいお散歩」

 春めいた日が多くなってきました。鳩山荘の周りにも春が確実にやってきています。
マノンは毎日の散歩を楽しみにしています。
私がちょっとでも外に出る雰囲気を見せると「散歩?散歩?」と、もうウキウキして、下の池に向かって駆け出しそうになります。
毎日の日課のようになっています。
いつもいつも家に居るわけではありませんので、家に居る時はなるべくマノンと連れ立って家の下の池の周りを散歩することにしています。

家の下の池。一周約300m~400mくらい
←犬のように
駆け回わるマノン。








         何か見つけたのかナ?→
大草原(?)を行くネコトラ「マノン」
何本もの木に次々とかけ登る。
家への40数段の階段はいつも私が抱いて登る。散歩のシメ。
左手で抱いて、携帯を右手に持っての撮影。
  今回はマノンとの散歩風景をご紹介しました。

 HP通信NO.151/ 08.2.22

 マノンはとうとう「家猫」になってしまいました。

マノンとテラスで(威君映す)2.21
  

 昨年の4月末頃、フラリと私の家にやってきて「住みつく」ようになった「ノラ猫マノン」でしたが、その後「居候猫」になり、とうとう「家猫」になってしまいました。上の写真はその記念写真です。(威君が泊まりがけで遊びに来たので記念のツーショットを撮ってもらいました。)
 とはいいつつやはり「ma non」(語源は談話室内「マノン」→)と名付けただけに
特にこれまで以上に可愛がる、ということはしませんが、マノンにとってはもう既に「我が家」。いつまでも「居候猫」では可哀想でしたのでこの度「家猫」の契りを交わした、ということです。

 何度か「マノン」についてこのHPでご紹介したように「頭のイイ」「気遣いのある」イイヤツです。
 先日も出掛ける時に「行って来るよ」と声をかけると「ニャ〜ウオ〜」(行ってらっしゃい)と見送ってくれました。
 留守の時はご近所のT さんにこれまでのようにお世話になることと思います。
こうしてマノンが元気でいられるのもTさんのお陰です。マノンとのこの一年を振り返るとこれは何かの「縁」。
 威君は大の猫好き!。今回もマノンと一日中遊んで帰っていきました。

 ここしばらくは「シンコク」の時でした。シンコク?「深刻」ではなく「申告」確定申告の時期でした。それも終わり、やっと一息ついたところです。
 これからいよいよ仕事始動。

 鳩山荘周辺は春を待ち受ける気配で満ち満ちています。
昨日は「うぐいす」の鳴き声で目を覚ましました。まだ発声練習のようです。「うぐいす」は冬の間どうしていたのでしょう。鳴かないのでしょうか。昨年やっと覚えた「ホーホケキョ〜」の鳴き声を今年もまた初めから練習するのでしょうか?

 裸木の先には小さな蕾みが見られます。どの木も空に向かっています。たわわに垂れた枝でも、蕾みはみな空を仰いでいます。
いずれ春の鳩山荘付近をご紹介しましょう。

HP通信NO.150/ 08.2.4

 1月26日〜28日、コール・ベルとともに鹿児島に参りました。
27日、「コール明和」の第五回の定期演奏会に「コール・ベル」をお招き下さり、第二ステージで演奏させていただきました。

鹿児島文化センター「宝山ホール」入り口前にて。
コール・ベルの若きメンバー4人
 一千人を越える聴衆でコンサートは大盛会でした。

「コール明和」さんとはこれまで幾度か客演指揮などでご縁をいただき、かつ田丸先生にはコール・ベル(市川市)のコンサートにお出でいただいたり、また昨年のプラハ公演にもコール明和の方々とも多くご一緒しました。
「コール明和」さんは九州代表でこれまで「おかあさん全国大会」に何度も出場されている団体。
当日のコンサートではその人気ぶりを伺わせる多彩なステージで喝采を受けました。
 合同ステージでは「般若心経」を私が指揮、「Ave Maria」を田丸先生が指揮するなど内容もとても充実したコンサートとなりました。
 
会場近くの西郷さんの銅像の見える広場での記念撮影。私の隣がコール明和の指揮者:田丸寛先生。
 コンサートの前夜祭は「鹿児島名物/黒豚シャブシャブ」で一気に盛り上がり、翌28日はあいにくの雨でしたが「知覧」の平和記念館にバス旅行をしました。(近いうちにコール・ベルのコーナーでアルバムをご紹介いたします。)

 
「コール明和」さんとも親しく交流でき、充実した楽しい3日間の鹿児島演奏旅行でした。


 
ところでところで
私は28日の9時頃帰宅しましたが、なんとマノンを部屋に閉じ込めて家を出てしまいました。三日間飲まず喰わずのマノン奮闘記は「談話室/マノン奮闘記」→


 なんともはや2月になりました。
仕事山積み状態はまだ解消されず、またしばらくはコツコツをモットーに励もうと思っています。

 まずは今回も近況報告まで。

HP通信NO.149/ 08.1.22
1月19日、郷里の塩釜市で一周忌法要を無事済ませました。
納骨式では墓石として「慈しみの像」をお披露目することができました。
           

「慈しみの像」(小野寺優元作)
関連の写真はこちら→
塩釜近郊/七ヶ浜町入り口「要害共同墓地」内。

 法要には親戚・友人など約60名の方々にご出席をいただきました。
「慈しみの像」を見て、皆さん一様に「ホーッ!」というため息。
石彫家の小野寺氏とこの半年、様々に意見を交わしながら作ったものです。

「このお墓の前に佇んだ時、どの人も温かな気持ちになれるようなもの。」
「自然の中の草花、土、石も含め、自然の全てのものが、太陽の陽をめがけて新しい生命の息吹が芽生えるかのように、そこに歓びと感謝と慈しみの姿が出るように・・・・」
 そんな私の注文に小野寺さんはしっかり受け止めて下さいました。

 一周忌記念誌集「美智子経」(付録CD付き/Memoryー想い出)も刊行しました。差し上げた方々からの反響があまりに大きく正直驚いています。
 このHP上でご希望の方に差し上げようと当初考えていましたが、部数に限りがありますためにそれも叶いませんでした。
 いずれこのHPで少しでもご紹介できれば、と今、思いを巡らせているところです。

 一周忌法要も済みまして大きな区切りがついたとはいえ、私の周りは未だに雑用が山積みです。
 少しずつ、とにかく少しずつ、仕事のペースを作っていきたいと思っているところです。

 まずは近況お知らせまで。
HP通信NO.148/ 08.1.8

〜久々の更新・再開です。休眠状態にも関わらず、これまでこのHPをご覧下さり励ましを頂戴した皆様には心から御礼申し上げます。「マノン」についてのことなど「談話室」にまとめてあります。また今後もこのHP通信にてご紹介していくつもりです。
まずは再開の弁まで〜

08年、1月7日コール・ベル初練習にて。

 新年、皆様にはいかがお過ごしでしたでしょう。
今年もお健やかな良き年となりますように。

 昨年は一年の間、喪に服しておりまして仕事らしいことをせずに、ここ鳩山荘にひっそりとしていました。
とはいいながら、プラハへの演奏旅行、客演のコンサート、各種コンクール審査、など既にお約束していた行事には随分と出歩きもしました。
「仕事らしいこをせず」というのは作曲のことです。
さてさて、作曲の仕事も引き延ばしにしていただいていましたので、そろそろ本腰を入れなければと思っています。

 家内の一周忌法要を19日に塩釜(宮城県)で行います。その準備などでまだちょっとせわしい日を送っていますが、それを終えてこのHPも本格的に再開する見込みです。

 見出しの写真は今年最初のコール・ベルの練習の際の写真です。
27日の鹿児島の「コール明和)(田丸寛先生指揮)のコンサートにコール・ベルを招んで下さいました。ワンステージ、ゲスト出演させていただきます。
お近くの方、よろしかったらお出掛け下さい。チラシ→

本年も宜しくお願い申し上げます。
まずは新年のご挨拶まで。